◇第56話◇

 ◇ ◇ ◇


「あっ。味噌がない」

「夕飯何?」

「豚汁と鮭」

「絶対必要じゃん。オレ買ってくるよ」

「帰ってきたばっかりじゃない。けんちん汁にするからいいわよ」

「大丈夫」



 脱いだばかりで温もりの残る安全靴に足を突っ込む。原付の鍵を探していると台所から母親が顔を出す。



「悪いんだけど……」

「ん?」

「牛乳もいいかなあ」

「はいよ」



 いつまでもそこに立ち動かない気配を不思議に思い振り返る。



「まだなんかある?」

「ううん。気を付けてね」



 ガラガラと引き戸を開け外に出ると風が吹いた。砂の匂いがする。



「すぐ帰るから」



 オレは生きている。

 酒も煙草もやらず毎日汗水垂らして真面目に働いている。当たり前の事だと思う。皆がやってる事だと思う。でも、オレにとっては、それがあの人に謝罪するただ一つの方法に思えてならない。

 特別に与えられた余生として母親と暮らし、なぜ生かされたのかを考える日々を過ごしている。



 ◇ ◇ ◇

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