◆第52話◆

 エマの本宅は成城にあった。そもそも大きな家が多い土地だがそれでもデカいという感想を抱かずにはいられない。


 インターホンを押す。小さなカメラがじっと俺を見つめる。一瞬の雑音の後、女の声がした。


「あれ? 阿久津君は?」

「俺だけ」


 ガチンと門が鳴り解錠を知らせた。大袈裟な見てくれに反して押せば素直に開く。


 庭を突っ切り家に向かうと玄関からエマが出てきた。


「結構遅かったね」

「大変だったんだぞ」

「上がって」


 洋風の家だ。内装が派手で装飾が多い。エマらしい趣味だ。


 豪華なリビングに通されるとここで待つように言われた。たっぷりとして重そうなカーテンがせっかくの大窓を覆い隠している。シャンデリアは無駄に明るい。


 猫脚のチェストの上に写真立てが置かれている。

 ニューヨーク。新婚旅行だろうか。今より若いエマが隣の男性と寄り添っている。

 アナーキーの写真もある。花を抱くエマと知らないスタッフ達。オープンの記念撮影らしい。

 隣の写真は友達だろうか。エマと同年代位の女が顔を寄せ歯を剥き出して笑っている。



 次の写真に釘付けになった。

 イブの写真だった。



 手が滑り写真立てを落とた。厚みのある絨毯は音もなく受け止める。拾い上げ凝視した。何度見てもイブだ。振り向いた瞬間を撮られたように見える無防備な笑顔。


 コーヒーを持ったエマが入ってきた。


「驚いた?」

「どういう……」

「あの子死んだ友達の娘なの。ここで一緒に暮らしてた」


 ソファに座るよう促され向かい合った。


「アンクに在籍してからは一人暮らしさせたけどね。もうすぐハタチだったし」

「何で言わなかった」

「あたしの身内と知れたら贔屓されるから言わないでって。馬鹿だったでしょ。でもあの子なりに色々考えてたのよ。仕事に悩んでヤクに手出すような馬鹿だけど」


 はっとした。


「田代はどこだ」

「庭」

「あれは旦那と拾った少年じゃなかったのか。だから匿ったんじゃなかいのか」

「違う。あんた達ずいぶん遠回りしてたけど答えはもっとシンプルよ。あいつはヒカリを殺した共犯者。だから捕まえて監禁した」


 猛烈に煙草が吸いたいが灰皿が見当たらない。


「ヒカリが助けを求めたのがクロだと知って悔しかったの。でもきっと、あの子なりのプライドね。じゃなきゃあんたの番号なんか暗記してるはずないもの。あたし達は親子じゃないから自分でどうにかしようとしたんだわ。あたしがそうやって育てたの。だから決めた。敵はあたしが取ってあげるって。だって他にしてあげられることある?」

「殺したのか」

「え?」

「田代を殺したのか」


 淡々としていたエマの表情が曇る。


「……ねえ、どうやってここを見付けたのよ? 阿久津君の組員かなんかにあたしを見張らせてたんじゃなかったの?」

「新宿のワンルームで手がかりを探した。隣のベランダに割れたグラスが沢山あって、怪しいと思って侵入した」

「ええっ。アパートの大家とは知り合いなんだけどな。鍵師でも雇った?」

「窓のこじ割り」

「クロが? あんた元詐欺師でしょう」

「それは少年院を出てからの話。その前は空き巣グループにいた」

「嘘でしょ!? あんたって男は! もっと自分の話しなさいよ!」


 だから友達できないのよと言って大笑いされた。目尻には涙すら滲んでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る