◆第47話◆

「ええ!? クロさん何やってんすか!? フロアやべえっすよ!」


 事務所で棒立ちになる俺を見てトラが声を上げる


「もう殺せとか言い出しました! さっきまでキレてたのに今めっちゃ泣いてるし! まじ怖いです! 俺達の手に負えません!」

「山下」

「あっ代表! やべえ客います!」


 呼んでないのに阿久津が来た。もう今夜は何が起こっても驚かない。


 トラと阿久津がフロアに消えた。死神の登場に篠田の咆哮が響く。店が破壊される音がする。さようなら。さようなら俺のアンク。イブ。ごめんな。



「きゃあっ!」



 キャストの悲鳴だ。我に返り半開きのドアからフロアを覗く。床に倒れたライムと目が合った。ライムはギャル系で派遣型風俗との掛け持ちのキャストだ。酒は強いが絡む傾向があるので薄めに作らせている。仕事以外で話した事はない。ないが知っている。この子は優しくて思いやりがある。

 不安そうに俺を見るイオリと目が合った。真面目だが遅刻癖がある。仕事以外で話した事はない。ないが知っている。入院中の母の代わりに家事をして兄弟を育て休みなく働いている。


 キャストの顔を順番に見た。自分でも驚いた。彼女達の事を知っていた。当然だ。皆俺のキャストだ。



「クロちゃん!」



 俺を呼ぶライムがイブと重なった。


 イブ。天真爛漫。丁寧に接客すれば必ず長い客が付く。未来も幸せも掴めたはずだ。落ち着いて短気を起こすなと伝えたかった。あの子の本質は馬鹿じゃない。


 今しがた阿久津にぶん殴られた篠田がフラフラと立ち上がる。奴の血が俺の店を汚す。歪んだ視界の中でその赤だけがクリアに見えた。



「クロちゃん! 助けて!」



 走った。走って飛んだ。

 求められた方が高く飛べると知った。

 俺を呼ぶ声に応えられたらだろうか。



 そんな事考えてたら着地に失敗した。俺を引っ張り起こしたのは阿久津だった。


 篠田は硝子の海で気絶している。アゲハ以外怪我なし。終演だ。ああ、見てるかイブ。俺は死ぬほど疲れたぜ。


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