◇第45話◇
「食べて」
メロンパンが飛んできた。
印字の無い透明なビニールを破り齧り付く。また菓子パンか。生地が軽くてうまいんだろうが監禁生活者からすればほとんど空気だ。たまには米が食いたい。
オレの早食いを見届けると黙ってゴミを受け取りキッチンに引っ込んだ。どうせコーヒーだ。味噌汁が飲みたい。
「何よ、その目」
案の定マグカップを手にしたエマちゃんは渡しかけたコーヒーをすっと引っ込める。
「シロ、何考えてるの」
「……なんも」
睨んでいたつもりはない。焦った。正しい答えが浮かばない。でも、先に目を逸らしたのはエマちゃんだ。今度は素直にコーヒーを渡してくれた。
「ねえ、ここで餓死してくれる?」
「バラして業務用冷凍庫じゃなかったの?」
エマちゃんが「夕飯カレーでいい?」みたいな聞き方をするから自分の死因の話をしてるのにリアリティがない。
「……あたし、もうバレちゃうな。あんたを監禁してる事。そろそろ出してあげようか」
神様。
「昔ね、旦那と夜回りしてたの。再犯しそうな少年の目星は彼が付けられる。なんてったって教官だから。でもねシロ、あんたと出会ったのは本当に偶然だった。あの夜、あんたは自分からあたしの元に現れたのよ。半泣きでアナーキーの屋上から飛ぼうとしてた、あんたを偶然見付けたのよ」
篠田から逃げた夜を思い出す。
オレはいつも何かから逃げている。
「クロを拾ったのも偶然だった。彼の事何も知らないでしょ。あんたは自殺未遂だったけど、クロは詐欺師の下っ端だった。生意気な事にうちに商売しに来たのよ。後になってあんた達二人とも旦那の卒業生だって知ったの。すごい偶然よね。そして今、その二人が追いかけっこしてる。間にあたしを挟んで」
「エマちゃんの箱、呪われてるんじゃない。詐欺師に自殺未遂とか」
口紅の薄くなった顔で薄く笑う。
「そうかもね。気まぐれで拾った少年に、人生狂わされちゃった」
「クロって人がオレの少年院に行くって言ってたよね。それでエマちゃんの事バレたんだ」
「旦那の身辺を調べられたら一発アウトね。阿久津君は仕事が早いから、そろそろなんじゃないかな」
どうでも良い事のように言うからオレも無関心を装った。淡々と話すエマちゃんの声には眠気を誘われる。足を伸ばしてベッドで寝たい。そう思ったのがバレたのか、目を細めて頬を撫でられた。
「おやすみ」
◇ ◇ ◇
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