◆第41話◆

 繁華街ではないがアーケード街の入口にはキャッチとスカウトが門番のように待ち構えていた。昼と夜で印象が真逆の町だ。絡み付く視線には田舎特有の執拗さがある。


 買い物を済ませ外に出るとタクシーに手を上げた。ホテルまで歩いて五分とかからないが来た道を戻ればキャッチに声を掛けられるだろう。係わるなと本能が告げていた。無駄な争いは避けたかった。


 後部座席のドアが開く。乗り込もうと身を屈めた瞬間、黒い影が俺を押し退け飛び乗ってきた。

 突然の事に血が上る。周りの視線を感じ黙って引き下がると強い力で腕を掴まれ車内に引きずり込まれた。


「おっちゃん! 早く出して! とりあえず大通り出て!」


 運転手はウインカーを出すと滑らかに発車させた。面倒事は御免だと言うように前だけ見て運転している。隣の男は息を吐きシートに深くもたれた。


「助かった……。兄さん、タクシー取っちゃってすんません。ちょっと追われちゃって」


 男はボロボロだった。シャツのボタンは引きちぎられ胸は血まみれだし、顔の下半分は鼻血で赤黒くなっていた。


「車譲ってやっただろう。巻き込むな」

「俺、金持ってなくて」


 アホだ。


「兄さんも夜職? もしかしてプレイヤー?」


 思わぬ台詞に改めて男の顔を見る。顔を洗いきちんとした服を着せれば学生でも通るだろう。まだ甘さの残る輪郭だ。こいつの方がよっぽどホストらしい。


「どこに向かってるんだ」

「とにかく駅前から離れたくて」

「お前何したんだよ」


 男は溜息をつくと眉を下げ潤目になった。多分うちのトラと同い年くらいだがこいつの精神年齢は追いついていないらしい。


「俺、ホストクラブの内勤なんです。黒服みたいなもんです。最近売上げが合わなくて調べてみたら、移籍してきた中堅ホストがちょろまかしてたんだ。俺、次やったら店長に言いつけるって言ってやったんです。そしたらあいつ、何て言ったと思います? 俺は店長の犬なんだぜって。意味分かんねえよ。二人して皆の売上げ抜いてたんですよ? 俺、頭来ちゃって。オーナーに報告するって飛び出したら、知らない大人が沢山追いかけてきて、路地裏でタコ殴りです。もう、ほんと怖かった」


 早い話がよくある金銭トラブルだ。


「兄さん見ない顔だけど、どこで働いてるんですか? 内勤足りてます?」

「俺はホストじゃない。出張中だ」

「げっ! そっちの人!?」

「耳元でうるせえな。キャバの店長だよ」

「ああびっくりした。こんな所に新店オープンですか? やめた方がいいですよ。身内で固まっちゃってるから村八分されますよ」

「分かった」

「今流しましたよね?」


 男はヒップポケットからひん曲がったマルボロを取り出すと咥えて火を付けた。運転手が何も言わずに窓を開ける。


「はあ……。俺、またクビだ」

「上が腐ってんだろ。どっち道先はねえよ」

「店長、黒服足りてますか?」

「就活くらい自分でやれ」


 意外な事に携帯灰皿を取り出すと吸い殻を入れ、ここでいいやと牛丼のチェーン店でタクシーを停めた。


「えっ店長降りないんですか?」

「降りてどうすんだよ。さっさと消えろ」

「あの……あの……」

「何だよ」

「飯奢って下さい」



 俺は疲れていたのかもしれない。もしくは知らない土地の空気に当てられたか。気付いたら初対面の野郎と向かい合ってどんぶりをかき込んでいた。


「店長! 超うまいです!」


 血まみれのくせに誰より元気なこの男は牛丼三杯を吸い込むように食べた。今はケロリとした顔でデザートのプリンをつついている。甘い物は別腹だと言う。へえ。知るか。


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