◆第39話◆

 会計は元教官が持ってくれた。あっさり財布をしまった阿久津を意外に思いながら外に出て元教官の車を見送るとピースに火を付けた。喫煙者の考える事は同じだ。出入口に設置されている灰皿で一服すると店に出戻りした。結局店内でも吸うのだが外の空気で喫煙したい時がある。頭を整理したい時とか。


「連絡待ちだな」


 阿久津が注文のついでのように言った。


「それまでどうする」

「知るか。気持ち悪いな。てめえで考えろ」


 むっとした。こっちも言いたい事がある。


「お前、あのときの野郎だったんだな」

「俺はすぐ気付いたぜ。随分大人しくなっちまったと思ってがっかりした」

「悪かったな」


 短くなった煙草を同事に灰皿に押し付ける。


「黒田、お前、出た後どうしてた」

「エマさんに拾われるまで詐欺師の下っ端だった」

「喧嘩師の間違いじゃねえのか。どうしようもねえな」

「お前は」

「更生施設だってのにお勤めご苦労さん状態」

「同情するぜ」


 届いたコーヒーに口を付ける。店員はポニーテールの若い女だ。俺達を見て出張中か何かだと思っているかもしれない。


「電話は必ず繋がるようにしておけ。呼び出しにはすぐ応じろ」


 阿久津は財布から金を抜くとテーブルに置いた。何となくそうするべきだと思いいらねえよと言ってみた。


「経費って言葉知ってるか」


 言い返す間もなく立ち上がり店を出て行ってしまった。俺はここの土地勘がない。十分すぎる現金を前に無意識にベルを押した。軽い食事を頼むと店員はコーヒーを注ぎ足し厨房に入っていった。


 揺れる毛先を無感情に眺める。昼間の喫茶店は明るすぎる。



 ◆ ◆ ◆



 ソファにジャケットを放りベッドに倒れ込んだ。エマから無事に着いたかとメールが入っている。返信を済ませると携帯も放り投げた。


 喫茶店の会計時に宿泊施設を聞くと二駅先にホテルがあると教えてくれた。丁寧に駅名と地図まで書いてくれたのは注文を取りコーヒーをサーブしてくれたあのポニーテールだった。

 ちまちまと紙に書き込むつむじを見てイブと同い年くらいかもしれないと思った。化粧していなかったが肌艶が良く健康的で歌うように響くような声だった。この子とイブとの違いは何だったのだろう。片方は喫茶店のフロアを踊るように駆け回り、もう片方は殺されゴミのように捨てられる。


 不思議そうに声を掛けられ我に返ると差し出された地図を受け取り店を出た。

 元気な子だった。重役ウケが良く意外と夜でも売れるタイプ。振り向くとポニーテールはもうこっちを見ていなかった。領収書は貰い忘れた。


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