◆第38話◆
◆ ◆ ◆
「やあ! 久しぶりだね!」
恰幅の良い男が阿久津に気付いて立ち上がる。
新幹線を降り各駅停車に乗り換えた。最寄り駅から少年院までは車が必要だが連れられた先はレンタカー屋でもタクシー乗り場でもなく駅前の喫茶店だった。あの男と待ち合わせしてたようだ。
「教官。お久しぶりです」
「その呼び方は止めてくれ。今じゃ釣り好きのじじいだよ。そちらの方は?」
「黒田学。見覚えありませんか」
「くろだ……? ああ、随分精悍な印象になったんだね。思い出したよ。あの日の流血騒ぎはみっちり報告書書かされたからね」
記憶が一気に巻き戻る。まだガキだった。決められた日にしか使えないシャワー。濡れた浴室の中で目付きの悪い輩とかち合った。きっかけは覚えていない。気付いたら顔も身体も血まみれでお互い殴り合っていた。はやし立てる声を割って教官が俺達を引き剥がし、ようやく助かったと思ったらなぜか俺が叩かれた。あのときの理不尽な気持ちは今でも覚えている。
「阿久津と黒田。今だから言えるけどあれから君たちが同じ空間にいると教官連中はみんなピリピリしたもんだ。アハハ。まだ繋がってたんだね」
「俺の店で働いてもらってるんですよ。縁があって」
面接の日の事を思い出す。ライターを投げられた。あれは俺を覚えているかと試されていたのだ。全く気付かなかった。こいつがあのときの野郎だったとは。
「卒業生、僕はそう呼んでるんだけどね。時々彼等と食事に行く事があるよ。手紙もらったりしてね。でも、君達に誘ってもらえるなんて思わなかった。何かあったのかい?」
話が早い。元非行少年が教官に連絡なんて結婚報告か面倒事と決まっている。挨拶だけ済ませると後は阿久津に任せて聞き役に徹した。
「うちの従業員が死んだんです。おたくの卒業生が関わってるが消えてしまった。どうやら女に匿われてるらしい。田代遊志。一年前に出てきたばかりです。こいつが頼りそうな人が知りたい」
「一年前か。分かった。今でも飲みに行く後輩がいるから聞いてあげよう。」
元教官はふいに悪戯する前みたいな顔になった。顎を引き口元だけで笑うと隠されている凄みが露呈する。伊達に非行少年を相手してない。
「で、そいつが何したって?」
「殺しです。女を連れ出して死体を捨てた。実際殺したのはおそらく共犯者です」
「田代の方が隙があるってわけか」
阿久津の稼業を知ってるのだろう。昼時の喫茶店にはおよそ似合わない話題だ。
「共犯らしい男は泳がせてます。田代の次に落とし前を付けさせます。問題は田代を匿ってる女だ。半年探したが尻尾出さない。人殺しに係わった後に頼りそうな女がいれば見付けて調べたい」
「ストップ。それ以上聞くと犯罪の片棒担ぐ事になりかねない」
届いたナポリタンを蕎麦のようにすすると「ビールいいかね」と店員を呼んだ。やってきた三杯のグラスビールを合わせると元教官は満足そうに頷いた。
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