◇第37話◇
「クロって人達がエマちゃんに辿り着いたらどうするの?」
「シラ切るしかないんじゃない」
他人事のように言う。
「あいつら篠田を手放さないわ。あんたは今すぐ殺せるけど死体の処理が出来ない。この場所は見付からないけどアナーキーを引っくり返されたらアウトだもの。今更どっかに連れ出すのもリスキーだし」
「ごめんね」
無意識だった。言葉が零れた。
「オレ……。ほんとごめん。イブにも謝りたい」
「そうやってしおらしくしてれば解放されるとでも思ったんでしょ」
そう思われるのは仕方ない。まだ熱いコーヒーを罰のように飲み干すとバスタブの淵に置いた。
少しの沈黙の後、エマちゃんはスイッチが入ったように空のカップを取り上げ、洗面台の鏡に投げ付けた。鏡面は横真っ二つに亀裂が走り、突然の事に思わず裸の胸を押さえると下半分が洗面ボウルに落ちて粉々に割れた。
「ヒカリ……可愛そうな子……」
眉間に皺を寄せ泣いていた。
「薬物使用に気付いたとき、怒ってあげればよかった。あの子を叱ってあげられたのはあたしだけだったのに」
化粧が溶ける事も気にせず涙を流し続ける。
「毎日夢に見るのよ。姉さん、助けてって。バーカウンターからフロアを眺めてると時々あの子が見えるの。急いで迎えに行くけど、フロアに降りる頃にはいつもいなくなってしまう」
泣きながら自嘲的に笑い出したと思ったらきつく睨まれた。
「あたしはあんた達を許せない」
エマちゃんの忙しい表情を見てオレも鼻がつんとした。良かった。まだ人の心は残ってる。恩人の涙はオレの涙腺を刺激した。泣かせたのは、オレだけど。
◇ ◇ ◇
鏡と陶器の破片はエマちゃんが処理した。壁に残った鏡面もシャワーヘッドで叩き割って外してしまった。
破片を片付け終えたエマちゃんは何も言わずに出て行った。玄関のドアが閉まる音が聞こえるとバスタブの中に小さく座り込み、溜息を付いた。
「疲れた」
凝り固まった首を回すと、床のタイルが一部分明るくなってる事に気が付いた。
「何だろう」
バスタブを出て光の元を辿ると、便座の裏に片手でちょうど握り込めるくらいの鏡の破片が残されていた。
おあつらえ向き。そんな言葉が頭によぎった。
◇ ◇ ◇
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