◆第34話◆

「あっクロちゃんおかえり」


 その夜、帰宅すると家主づらの阿久津とアフターに行ったはずのアゲハが缶ビール持ってくつろいでいた。目眩がする。


「ご飯食べた? 焼きそば作ったの。キッチン勝手に借りちゃってごめんね。あたしは海鮮の塩味が好きなんだけど代表が具なしのソース味にしろって言うからこんなにシンプルになっちゃった。マヨネーズかける?」

「いらねえ」

「マヨなしね。はいどうぞ、召し上がれ」


 アゲハの盛大な勘違いに溜息が出たが笑顔で押し付けられやむを得ずシンクにもたれてかき込んだ。機嫌を損ねないようにと思ってした事だがやたら食えて頭にきた。


「足りた? ねえクロちゃんもこっち来て」


 阿久津とアゲハの纏わり付くような空気感が鬱陶しくて間取り1KのKの部分から出たくなかったが手を引っ張られ居間に座らされた。三人同時に煙草に火を付けると一昔前の雀荘状態になってしまったので窓を開けた。ここが自分の部屋だとは信じられない。



「じゃあ早速話をまとめるわね」


 アゲハはビールをごくりと飲み込み俺に向かい合った。


「イブ殺しの"共犯者"

 逃亡先で"世話になってる女"

 売人を辞めるきっかけの"面倒見たい女"


 これだけカードが出揃ってるのに誰一人浮かんでこない。違わないわね。


 次に元締めの篠田と、顧客のマリア。一歩踏み込んだ関係で名前が上がってるのはこの二人だけ。


 女の為に飛んだという篠田の話と、マズい事から逃げてるというマリアの話はあたしに言わせれば完全にズレてる。話が繋がらないってレベルじゃない。


 篠田側が真実ならぐずぐずしないでさっさと高跳びするべきよね。今更顧客なんかに会ってる場合じゃないもの。

 マリア側が真実でもさっさと高跳びするべきよ。殺しに関わったならクラブBに近付くのはリスクが大きい。アンクと近いでしょ。そもそも頼れる人がいるのにわざわざ危険地帯に出てきた理由は何かしら。分からない。完全にお手上げ。


 次は共犯者。真っ先に足が付きそうなのに手掛かりなし。でもね、あたしが思ったのは――


 ――共犯は篠田なんじゃないかしら。何度か接客したけど、ずっと様子がおかしいって思ってた。代表から今までの話を聞いてストーリーが想像出来たわ。例えばこんな風に。


 篠田は暴行目的で田代に用意させた女をうっかり殺してしまったの。それにびびった田代は逃げ込んだ先で誰かに匿われ姿を消してしまった。


 篠田自身は殺しくらいいくらでも揉み消せる。最初はあくまで田代に預けたままのヤクを取り戻そうとしてたはずよ。田代が捕まらないもんだからヤクの顧客を辿ってたら、自分が殺した女がイブだったと知る。無理も無いわ。田代は素人だもの。足がつくなんて考えずに顧客の女から選んでしまっても不自然じゃない。


 お笑いよね。捜してる女を自分で殺しちゃってたなんて。篠田にしたらイブ捜ししてたはずがイブ殺しから逃げる構図に変わってしまったのよ。


 のこのこアンクにやって来て自分の仕掛けた罠に嵌まった篠田は案の定あんた達に追及される事になった。焦った篠田は必死になって田代を捜すも見付けられず、落とし前として組員とエンコ差し出した。


 それで済めば良いものを未だに突き回され困っている。イブを殺したのは俺だなんて言えるわけないから、口からでまかせで面倒見たい女がどうとか言って逃げ切ろうとしてる。イブを田代に押し付けたのよ。


 でも必死に田代を捜してるのは多分演技じゃない。何があっても先に見付なきゃ。イブ殺しの口封じの為に。


 どうかしら?」


 アゲハはビールに口を付ける。俺は口を挟むタイミングを待っていたのかもしれない。


「世話になってる女ってやつは」

「分からない。篠田に思い当たる節があればとっくに見つけてると思う。こういう世界とは全然関係ない人なのかも」

「どうすればいい」

「あたしなら」


 言葉を切って阿久津にもたれ掛かる。奴の腕はアゲハの腰に回っている。


「あたしなら何もかも全て調べるわ。田代の全て。生まれた病院、学生時代の部活、彼のハジメテや道を踏み外したきっかけとかをね。人殺しを相談出来る相手なんてぽっと出で現れるわけがないもの。捲れるかどうかは賭けるしかないわね。だってそれ以外、出来る事ある?」


 阿久津の耳元に唇を寄せる。何か囁いたらしい。


「篠田はまだ泳がせといた方がいいわよ。全部あたしの想像だから。じゃあそろそろ行くわね。おじゃましました」


 香水の残り香がなければ夢だと勘違いしそうな時間だった。


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