◆第29話◆
その夜、営業後篠田を店に呼び出した。素直に現れた篠田には何故か苛つきを感じさせられた。
「田代は女に匿われてるんじゃないのか」
「知らねえよ。俺は思い当たる場所捜し尽くしたし顧客の女も全員当たった。これ以上どうしろってんだ」
「世話になってる女がいるらしい。お前が言ってた面倒見たい女ってやつの事じゃねえのか。見当付かねえのか」
「お友達が欲しくて拾った訳じゃねえ。プライベートなんか話した事ねえよ」
「自宅は」
「前にも言ったがあいつの家は組で借り上げたアパートだから戻れば必ず誰か気付く。基本は生活保護の元ホームレスを住まわせてるアパートだ。大家にも金を掴ませて見張らせてる」
目眩がした。
「な、俺が言うのも変な話だけどよ、もう諦めろ。諦めて仕事しろ。それが死んだ女に対するせめてもの……」
篠田が吹っ飛び身体が動いた事を知る。油断した困り顔に拳を叩き込んでしまったらしい。目眩は治まるばかりか俺の視界を歪め更なる暴力へと誘った。
「――待て……待ってくれ……」
どれくらい経っただろう。突然視界が定まった。
「登戸のアパートだ……気が済むまで、自分で探せ……」
篠田はフラフラと立ち上がるとフロントに置かれたペンを取り伝票の裏にアパート名と部屋番号を書いて寄越した。
「鍵は開いてる……金の回収で組員が出入りするから……見付からないように気を付けろ……」
暴力慣れしている。深呼吸を繰り返すと血の混ざった唾を吐きまあまあしっかりした足取りで出て行った。
篠田のその反応は俺を冷静にさせたが同時に物哀しくもさせた。衝動の先にイブがいるような気がしてならなかった。あの子は今も、俺に助けを求めている。
篠田が消えた後しばらく立ち尽くしていたが自分の店がめちゃくちゃになっている事に気付き、気が触れたようにフロアに水をぶちまけた。這いつくばって床とテーブルの脚を拭いた。ソファを引っくり返し溜まった埃を一掃する。限界まで汗を吸ったシャツは不快だったが無心で掃除した。端から見たらただのキレ者だ。阿久津が来なくてよかった。
気が済んだ時には昼過ぎだった。店を出ると信じられないくらい太陽が眩しくて涙が滲んだ。
タクシーが捕まらず歩いて帰ると玄関に倒れ込みそのまま眠ってしまった。トラの電話で目が覚めたのは午後十時。初めての寝坊だった。
「皆にはクロさん今日も出張だって言っときましたから。連絡なかったから一応電話しただけっす」
右手で携帯を操作し電話を切ると左手が握り込まれている事に気が付いた。
ゆっくり手を手を開くと篠田に渡された伝票だった。皺を伸ばし靴箱の上に置くとバスルームに向かった。
熱いシャワーを浴び買い置きのカップ麺を食べた。身仕度を調えると伝票はポケットに入れ靴を履いた。ドアノブを握ると考え直し、革靴からスニーカーに履き替えた。
外に出る。夜風が吹き抜けた。
◆ ◆ ◆
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