◇第26話◇

 ◇ ◇ ◇


 朦朧とする意識の中で沢山の星を見た。頭を強く殴られたのかもしれない。いや違う。これはビーズのカーテンだ。


 エマちゃん……どうして……。


 寒さと頭痛で目が覚めた。薄暗いユニットバスのバスタブに入れられている。頭痛を堪え立ち上がろうとすると両手の自由がきかない事に気が付いた。腕を後ろに回され左右の肘を掴むような形で固定されている。

 次に気付いたのは右足の違和感。どこに売ってんだよみたいな無骨なチェーンが巻かれ南京錠で足首にロックされている。反対側も同じように排水管の鉄パイプにくくり付けられ、明らかに囚われている。全裸で口にはタオルを詰め込まれていた。


 尿意を感じ身体をよじって起き上がる。トイレはなんなく到達したがそれ以上先には進めない。オレの行動範囲はバスルームだけという事だ。


 バスタブに腰掛け頭を整理する。


 オレはあの夜、イブの死体を捨てた足でアナーキーに駆け込んだ。「やっちまった」その一言で全て理解したかのようにこの部屋を与えられ匿われてきた。

 エマちゃんはアホのように「イブがイブが」と繰り返すオレをなだめてどこかへ消えた。大量の食品を抱えて帰ってきたときは心底ほっとした。



 そもそもエマちゃんは命の恩人だ。少年院を出たオレは人の道に戻れなかった。仕事でへまをして逃げ回ってる時に偶然出会った。


 あれはデカい仕事になるはずだった。後払いの約束で大量にヤクを渡してた外国人の客が土壇場になって船で逃げた。オレが馬鹿だったのは分かってる。ヤクを取り返せないならお前が立て替えろと凄い形相で篠田にキレられた。


 そんな大金用意出来ない。土下座して謝ったけど上からギャンギャン怖い言葉を言われてテンパった。金を持ってこいと夜中に蹴り出され、ふらっと入ったビルの屋上でもう死ぬしかないと立ちすくんでいたら、エマちゃんに声をかけられた。


「あんた、何してるの?」


 エマちゃんからすれば当然の疑問だ。でもオレは人に優しくされたような気になっちまって、どもりまくって事情を説明した。情けないけど、泣いたよ。ずっと気が張ってたんだ。しかも初対面のエマちゃんはオレに飯を食わせまとまった金まで用意してくれた。


 篠田にすれば金さえ手に入れば文句はない。個人的な仕事で大っぴらには出来ない仕事だからだ。


 その日からオレはエマちゃんを頼るようになった。篠田とは縁を切れと何度も諭されたけどもう会ってないと言い張り続けた。仕事を断る方が怖かった。



 クラブBのマリアは上客だったけど、ある日「あんた目付けられるかもよ」と言いだした。多摩エリアで仕事するようになってから二カ月近く経っていた。聞けば見覚えない薬物が出回ってるとケツ持ちが勘付き出したと言う。


 あれだけ横流しするなと言ったのにマリアは他のキャストにぼったくって売り付けていた。最悪だ。ヤクザと喧嘩なんて冗談じゃない。それにどう考えてもこっちが悪い状況だ。さすがに篠田に電話して今すぐ辞めさせてくれと訴えた。余所の本職に殺されるくらいなら篠田に詰められた方が何倍もマシだ。そもそもオレはヤクザじゃない。


 最後の仕事として女を用意しろと言われたとき、イブを選んだのはたまたまだ。誰にしようか悩んでいると「次はいつ来るの?」とメールが来た。


 クラブアンクのイブ。脳みそ空っぽの馬鹿女。誰でもいい。もうこいつでいい。オレはとにかく早く仕事を辞めて篠田から離れたかった。そのとき考えてたのはそれだけだ。


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