◆第25話◆

 最近は部屋に阿久津がいても驚かなくなった。勝手にシャワーを使われるのは我慢出来ないが言い合う労力と比べ今では諦めている。


「ビール」

「お前いい加減にしろよ」


 阿久津がふざける度こめかみが痛む。これがいつか頭痛に変わり頭の中の何かが切れてしまう事を俺は恐れている。阿久津があくびをしながら呟いた。


「見付かんねえなあ」

「開き直ってんじゃねえよ。あのガキどっかで生きてるぞ」

「なぜそう思う」

「お前以外に殺される理由がない」

「共犯者はどうだ。篠田はイブをやったのは田代じゃねえってそればっかだ」

「共犯だって素人だろ。二人も殺して逃げおおせるとは考えにくい」

「仲良く逃げ回ってるってのか。それなら見付からない方が不自然だ」

「お前がここにいる方が不自然だぜ」


 阿久津が笑うと不吉な感じがする。


「家だとよく喋るよな。店でもそれくらい愛想良くしてろ」


 店と言われ思い出した事がある。


「アゲハがお前に会わせろって毎日しつけえぞ」

「ほっとけ」

「こっちの身にもなれよ。顔合わせりゃそればっかでうんざりだ」

「ならお前が慰めてやれ」

 

 阿久津の携帯が鳴る。相手はエマのようだ。田代捜しの事だろう。俺にもよく電話が来る。喋ってるのは専らエマで阿久津はラークの箱をいじりながら退屈そうに相づちを打っていた。通話を終えると携帯をテーブルに放る。


「イブの事件はもう都内じゃ話題にもならないってよ。新大久保に良い物件が見付かって新しい店を作るそうだ。それでそろそろお前を返してくれって言ってきた。どうする」


 どうする、は反則だ。どうでもいいと返せないからだ。


「お前が辞めたらアンクは山下に任せる。出て行くなら田代の件は置いていけ」


 何も言えないでいると口の端にラークを突っ込まれた。新鮮な紙の味がする。

 イブはもう煙草の匂いに心を解されたり肺を犯される小さな快感を味わう事も出来ない。

 化粧も出来ないし恋愛する事も出来ない。若い可能性の塊だったのに。


 事件が手から離れる可能性に気付かされた。

 いや本当は最初から分かっていた。あの夜、求められた声に応えられなくて俺は悔しいのだ。


 ならばせめて田代を見付けてやろう。イブに目を付けそそのかした張本人だ。墓の前に突き飛ばして気を失うまで詫びさせてやる。そのときは、俺も一緒に。


「山下には早い」


 阿久津は返事の代わりに俺のラークに火を付けた。



 ◆ ◆ ◆

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