◆第23話◆

 ◆ ◆ ◆


 イブ殺しから三ヶ月。犯人は暴力団員の小林一郎五十五歳に着地した。営業後週刊誌を持って現れた篠田はこれで落とし前は付けたと唸るように言った。額は脂汗で光り左手は包帯できつく巻かれている。


 阿久津を呼ぼうと携帯を開いた。篠田が動物のような動きで掴みかかってきた。


「頼む。やるだけやったんだ。田代は消えちまった。どこにもいない。自殺したのかもしれない。もう勘弁してくれ」

「俺はただの雇われ店長だ。何の権限もない」

「なら見逃してくれ。二度とこの辺には近付かない。約束する」


 蹴り倒した。阿久津を呼び出すと篠田はフロアにうずくまりぐすぐすと泣き出した。俺に父親がいればこれくらいの年齢かもしれない。そう思うと胸ぐら掴んで殴り飛ばしたくなった。


 ソファに座りピースに火を付けた。煙草の匂いに篠田が顔を上げあぐらをかくと内ポケットからメビウスを取り出した。新しい灰皿を渡してやる。

 

「クソ……どうしてこんなことに……」

「薬なんかに手出すからだろ。ガキなんか使いやがって」

「どこも不景気なんだよ。頭の固え親父を持てば俺の苦労が分かる。あんたはその面でなんでキャバクラなんかやらされてる」

「どう見ても堅気だろうが」

「けっ。よく言うぜ」


 篠田は続けて二本目に火を付ける。


「阿久津のボン、初めて見たぜ。親父さんは有名人だけどな。多摩に事務所があることは知ってたがこの界隈は別のシマだと思って油断した。昔はもっと小せえ組が仕切ってたんだよ」

「素人使ってたんじゃ関係ねえだろう」

「その素人がヤク持ち逃げしたに挙げ句ここの女に手え出しちまうなんて事がなければな」

「あ? お前、薬と殺しは関係ないと言ってなかったか」

「待て待て待て。違う。言葉の綾だ。つまりあの二人はデキてたんだよ。どっか遠い所でやり直したかったんだろ。よくある話じゃねえか。殺しは不幸な事故だ。シマを荒らした落とし前は付けたじゃねえか。もう何もかも終わりだ。帰っていいか」

「調子に乗るな」


 阿久津が現れると、篠田は煙草を投げ捨て額を床に擦り付けた。


「阿久津さん、田代は多分自殺しました。どこにもいません。イブさんの事は残念だ。シマ荒らしは落とし前を付けてきた。どうかこれで勘弁してくれ。組のもん別荘です。幹部クラスだ。十五年は出てこれない」

「お前!!!!」


 篠田が目を見開く。


「お前、何か勘違いしてるな。シマ荒らしなんかどうでもいいんだよ。俺は取られたものを取り返したいだけだ。その意味よく考えろ。田代を捜せ。無理ならお前を殺してやる。俺に出来ないと思うか」


 うな垂れフラフラと出て行く篠田を黙って見送る。阿久津は一度も俺を見なかった。


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