◇第21話◇

「エマちゃん……」

「シロったら! あんたどこ行ってたのよ! 部屋から出るなって言ったじゃない!」


 大量の汗が冷えて気持ち悪い。息を落ち着けようと座り込むとビンタと抱擁を両方食らった。


「ごめん」

「熱り冷めるまでじっとしててって言ったでしょう。どこ行ってたの」

「マリアんとこ。ヤクを買い戻したくて。あの女やたらため込んでてさ。転売された後で一つも残ってなかったけど。でも、もう限界だ。手元にある分だけ持って海外に飛ぶ」

「信じられない。電車に乗ったの? 夜の大人を舐めるんじゃないわよ。篠田と阿久津君があんたを捜し回ってるわよ。ここでじっとしてるのが嫌ならさっさと警察行って保護してもらいなさい」

「そんな事言わないでくれよ。オレ捕まったら終わりだよ」

「だったら大人しくしてなさい」


 バスタオルを投げてくれた。熱いシャワーを浴びると疲労まで流れるようだった。ほっとした瞬間、あの夜の事がフラッシュバックした。女の悲鳴。男の罵声。耳を塞ぐオレ。


 顔を強く擦り頭を振った。

 浴室を出るとキッチンからトーストの焼ける匂いがする。


 ここはエマちゃんがいくつか持つ部屋の一つ。場所は新宿だ。ワンルームだから居間とキッチンの境目にはチャラチャラしたビーズのカーテンが掛けられている。一度触れるとしばらく音が鳴り止まないそれはオレを慰めるようにチープな光を放っている。いつか絶対に引き千切ると心に決めた。


 水道水でトーストを流し込む。足りないというとオートミールを出された。飲み込むタイミングが分からないしすっとぼけた味だったけど、丸飲みするように食べた。食後は熱いコーヒーが出てきた。


「同じグラスでいいのに」

「馬鹿ね。耐熱じゃないと割れるのよ。じゃなきゃわざわざ洗い物増やさないわ」

「ふうん。このマグカップもちょうだい。前に貰ったグラスちゃんと使ってるよ」

「今それどころじゃないでしょう」


 ああ、そうだ。現実を思い出して溜息。


「阿久津って人、怖いの?」

「あんたなんか目が合っただけで死んじゃうわよ」

「イブを殺したのはオレじゃないって信じてくれないかな」

「きっかけはあんたでしょ。なんで夜職の女なんか売るのよ。死体遺棄までしちゃってさ。阿久津君からしたら同罪よ」


 溜息が出た。パーラメントを貰う代わりにオートミールを押し付ける。


「全部篠田が悪いんだよ。あいつに騙されたんだ。ヤクを捌ききったら解放してくれるって話だったのに、最後の最後にあんな仕事頼んでくるなんて」

「どうしてあんな奴の言うこと聞いちゃうのよ」

「エマちゃんは女だから分からないんだ。篠田のしつこさは異常だよ。もう逃げるしかない。お願い。お金貸して」

「部屋から出たら殺されると思った方がいいわよ」

「ちくしょう」



 ちくしょう。

 どこで間違えた。

 何でオレなんだ。


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