第10話

「留守電は」

「なかった」


 事務所で伝えたがアゲハのタレコミからイブが飛ぶまでの流れをまた一から説明させられた。

 鞄からピルケースを取り出し薬を見せてやると舌打ちをされた。


「馬鹿かお前先に言え。モノあんじゃねえか」

「イブはどうする」

「番号見せてみろ」


 阿久津は自分の携帯で掛け直した。


「電源入ってないってよ」

「警察に電話するか」

「薬物関係なら後ろにヤクザがいるかもな。下手に動くと女が死ぬぞ」


 ラークを抜き取った。溜息を煙で誤魔化したいらしい。灰皿代わりの空き缶を渡してやる。


「どっち道、女が薬でゴタつくときは大体裏に男がいる」


 阿久津はそう言って半分も吸ってない煙草を缶の中に押し込んだ。


「何もしないのか」

「出来る事があるなら言ってみろ。とにかく店を見とけ。怪しい奴は締め上げろ」


 仕事が増えた。今すぐここにイブを呼び出して顔見て説教してやりたい。あまり手を煩わせるなと。


「聞いてんのか」

「ああ。帰れ」


 何か言いたげな顔をしたが黙って出て行った。

 俺は明るくなり始めたカーテンのない部屋で、携帯を握りしめたまま眠りを待った。



 ◆ ◆ ◆



「久しぶり。元気そうね」


 翌日の早朝、営業後に待ち伏せされたが驚かない。エマはこういう女だ。近くのカフェで向かい合う。俺達からすれば一日の終わりだ。


「阿久津とどういう話になってんだよ」

「どうもこうも。オタクの黒服が有能なんでしばらく貸して下さいって頼まれただけよ」

「厄介払いか」

「馬鹿ね。そうじゃないって分かってるくせに」


 結局あれから眠っていない。店の時計をチラと見るとエマの視線に捕まった。


「新しい環境はどう? トラブルは?」

「特に」

「なんか疲れてるみたい。キャストとうまくいってない?」


 心配している風だが面白がっているだけだ。早く帰りたい気持ちが口を開かせた。


「一人飛んだんだ。客から薬物買った馬鹿女がいて、詰めたら飛んだ」

「ヤク?」

「ああ。若いキャバ嬢だ」

「なんて子?」

「イブ」


 隣の席のサラリーマンがコーヒーを溢し限界が来た。立ち上がり出口を探す。


「クロ」


 真っ赤な口紅が虫のように蠢いて見えた。

 伝票を掴むと軽く頭を振り歩き出す。背中に掛けられた声は聞き取れなかった。


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