第11話
「お願いしまーす! 店長お願いします!」
イブの電話から二週間。キャストに名指しで呼ばれた卓に向かうとドスとかチャカとかお持ちですか、と聞きたくなるような見た目の男がいた。接客用の表情で片膝付くと男は何か持ってこいと言った。一杯付き合えという意味だ。ウーロン茶を持って卓に戻ると乾杯もせず前のめりに切り出してきた。
「イブって女どこだ」
この男は客じゃない。隣に座るキャストを退席させた。
「あの女の知り合いに用があんだよ」
「お恥ずかしい話ですがイブは一カ月近く前から無断欠勤が続いています」
「んなこたどうでも良い。俺は居場所を聞いてんだよ」
「分かりません」
男の目に苛立ちが浮かんだ。
「イブの知り合いが何か」
「貸してる物を返してもらいたいだけだ」
内ポケットに手を突っ込むと名刺を一枚抜いた。テーブルを滑らせるように投げ、酒臭い溜息をついた。
「あの金髪野郎一カ月近く連絡が付かない。女を見付けて電話しろ。チェックだ」
会計を別の黒服に引き継ぐと事務所に引っ込み渡された名刺を読み返す。篠田隆夫。胡散臭い会社名に取締役と付いている。暴力団員だ。阿久津に電話を掛けた。
「変な客が来た。イブ経由で男を追ってるらしい。多分薬を売った指名客だ」
名刺の内容を伝える。
「イブ探してんのはこっちだって同じだ。どうせまた来る。連絡しろ」
翌週、阿久津の予想通り篠田が現れ、前より馴れ馴れしい様子で俺を呼び付けると二三脅しの言葉を吐いて早々に退店した。
「あのおっさんまた来てたっすね」
「指名料取ってやりたいぜ」
キッチンで酒の補充をしていると洗い物中のトラが気の毒そうに笑う。
「おっさんも暇っすね。飛んだキャストが店に居場所教えるわけねえっすよ」
「八方ふさがりなんだろ」
「イブの知り合いってあの指名客の事っすかね」
「さあな」
篠田が探してるイブの知り合いは薬物の売人で間違いないだろう。そして篠田は元締めだ。事情は知らないがそいつは金か薬か両方を持ってばっくれた。そしてイブから辿ろうにも店に詰められ飛んだ後だった。篠田からしたらいい迷惑だがイブにすれば幸運だ。
阿久津に電話を掛ける。篠田がまた来たと報告をすると明日からアンクの事務所で仕事をすると言われ一方的に切られた。次は阿久津が対応するらしい。
どう考えても目障りだが断れなかった。
石が転がりだしたのを感じたからだ。
そしてイブに明日は来なかった。
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