第6話

「店の名前?」


 翌日、今夜から俺の店になったらしいキャバクラの事務所で阿久津がまた理解不能な事を言い出した。


「こっちはただの雇われ店長だ」

「お前の店だ。お前が決めろ」


 そんなもん普通開業前に決めるだろうが。やり合うだけ疲れる。店名と聞いて最初に浮かんだ単語を軽率に口にする。


「アナーキー」

「お前それエマさんの箱じゃねえか。ふざけてんのか。芸のない男だな」


 第二候補まで考えてやる義理はない。押し黙ると阿久津はぶつぶつ言いながらデスクに置かれたパソコンに"ANARCHY"と打ち込んだ。


「……アナ、アンキー、アンクだな」


 阿久津は椅子から立ち上がると狭いスペースを大股で歩き俺の目の前に立った。若干見上げる体制になるのが気に食わない。


「クラブアンク。黒田店長。良いじゃねえか」


 肩を掴まれ揺すられた。


「月末また来る。量が飲めないキャストをリストアップしておけ。抜きもんを無理に強請るなと躾けてある。クソ客は蹴り出せ」


 丸投げの代表と入れ替わりにキャストが事務所に駆け込んで来た。


「五卓喧嘩してる」


 椅子の背もたれに掛けたジャケットを羽織ってフロアに出る。阿久津の姿はもう見えない。


「クロちゃん早く。こっち」


 アイスペールが倒され床は水浸しだ。氷を横に蹴りながら客に近付くと火の付いた煙草が飛んできた。顔を見て当たりを付ける。二十二と二十四歳。筋彫りのまま放置された入れ墨が似合っている。聞けばキャストがアフターを断ったと言う。それなら金は払わないと騒ぎだし今に至る。


 グラスやボトルを破壊し見てくれは派手にやってくれたが人に手を出す気はなさそうだ。


「お客様」

「てめえぶっ殺すぞ!」

「お引き取りを」

「こんな店ぶっ潰してやる!」


 担当のキャストはアゲハと新人だ。新人は青くなっているがベテランのアゲハは足を組み薄ら笑いさえ浮かべている。人を食ったような目にはエマを思い出させる色がある。


 キャストを傷付けないと判断し、その場を黒服に任せ電話で阿久津を呼び戻した。五分待てと言われ一方的に切られた。


 事務所の防犯カメラで様子を見る。客は黒服に掴みかかっているが踊っているようにしか見えない。


 早くもドアが蹴り開けられた。顔面が凶悪な男達があっという間に客を取り囲む。それで終了だ。怒られた犬のように連れて行かれた。


 殺意のない喧嘩はただの茶番だ。こんなもんで盛り上がれる精神が心底羨ましいと思った。


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