第5話

 阿久津の新店はいわば夜職の巣窟だ。搔き集められた女はキャバ嬢セクキャバ嬢ランパブ嬢と各種風俗嬢。経歴関係なく仕事は一から教え直したという。

 黒服はもれなく柄が悪い。前髪を上げた阿久津に関しては是非とも道を譲りたくなる。


「お願いしまーす!」


 鼻にかかる女の声。キャストが黒服を席に呼ぶ合図だ。思考を置き去りにして身体が勝手に動いた。



 ドリンクの注文を受けキッチンに入る。黒服のくせに座り込んで煙草を吸う輩をざっと見回して全て自分で作った方が早いと判断した。


 最後の一杯をトレンチに乗せ、慎重に持ち上げると横から伸びてくる手があった。

 ここで洗礼かよ、半ば諦めて相手の顔を見ると阿久津だった。


 トレンチを奪われ立ち尽くす。阿久津はあごをしゃくってフロアに出て行った。


 こいつの行動は謎すぎる。人の目がなかったら確実に舌打ちだ。人の目。後ろを振り向く。俺を見ている、たくさんの目。


「……ざっす」


「おはざーっす!」

「初めまして!」

「仕事教えて下さい!」


 有名な海賊のアニメを思い出す。根っから悪そうな男達が一斉に歯を剥いて笑顔を見せた。現実では気持ちの良い絵ではない。


 まじで何なんだこの店。



 ◆ ◆ ◆



 空が白くなりだした頃、誰もいなくなったフロアを掃除をしていると阿久津が戻ってきた。


「よくやるな」

「始発を待ってる」


 掃除を終えたキッチンを覗かれた。何か文句あんのかと身構える。


「黒田、店長やれ」


 想定外の言葉に灰皿を磨く手が止まった。


「すぐ辞めるって言ったろ」

「エマさんに話をつけてきた。お前は今日から俺の従業員だ」


 ジャケットの内ポケットから携帯を取り出す。新着メールの件名が全て教える。


【 Re:ごめん♡Ema 】


 本文を読まずに消去した。


 俺は今日この店に泊まるんだろうか。そして明日はどこへ行くのだろう。どうでもいい。本当だ。


 思考を遮るように鋭く銀色が飛んできた。顔の前で受けとめると何も付いていない鍵だった。


「礼言っとけよ。住所はメールしたそうだ。じゃあな」

 


 言葉が出なかった。状況ってやつはいつも俺を置き去りにする。


 煙草臭いソファと手の中の鍵を天秤にかけた。ダスターを床に叩き付け、エマの電話番号を呼び出した。


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