第3話
傘立ての下に隠されている鍵で部屋に入ると窓を開け放った。香水の匂いが籠もっていたからだ。
ここはエマがいくつか持つ部屋の一つ。アナーキーでバイトした後は寄るのが暗黙の了解になっている。エマがそう望むからだ。
ワンルームだから居間とキッチンの境目にはチャラチャラしたビーズのカーテンが掛けられている。一度触れるとしばらく音が鳴り止まないそれをいつか何かのタイミングで引き千切ってやろうと思っている。
血の付いたシャツは丸めてゴミ箱に捨てた。シャワーを浴びると床に丸まった毛布を枕にして目を閉じた。
いよいよ眠りに落ちるという瞬間、部屋のドアの前に人が立つ気配がした。ここにいると時々知らない男が来る事があってなぜか怒鳴られる。
誰か来るなら連絡しろといつも言っているのに、あの女ときたら自分の男を鉢合わせさせて楽しんでる節がある。クソッタレ。
たんすからはみ出ている誰のか知らない男物のシャツを引っ張り出すと素肌に羽織った。
案の定バンドマン風情が入ってくる。つま先が尖った革靴を脱ぎ、顔を上げた男と目が合った。エマの趣味は分からない。
「なっなんだお前!」
「ここの女んとこの従業員」
「なんでここにいるんだ!」
「ならあんたが泊めてくれるのか」
バンドマンは息を飲むと革靴を引っ掛けて出て行った。コーヒー出してやろうと思ったのに。
起き上がったついでにピアニッシモに火を付ける。エマの仕事用の細巻き煙草だ。軽すぎて吸った気がしないのにパケが可愛いからと言って手放さない。女のする事はよく分からない。
ヒールの足音が近付いてくる。家主は勢いよくドアを開けると俺を認めて微笑んだ。
「やっぱりクロだった」
「お楽しみ中だったらどうすんの」
「3Pに決まってるでしょ」
靴を脱ぎ散らかし部屋にあがると俺の口から煙草を抜き取って火を消した。
「クロ、あたし疲れてるの」
俺はこれからもっと疲れる事になる。羽織っていたシャツを脱ぐとエマをうつ伏せに押し倒した。あくびが出そうだったからだ。
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