第5章 思考
翌朝、5人はばらばらに起床し、ゆっくりと身支度をして、庭の石を掘り起こそうと土の周りを囲んだ。しとしとと降りかかる霧雨の中で。
「これって持ち上がるのかしら。」とジャム
「さあ」とゆら。
「スノウちゃんは無理しないでね。」とブランはスノウの肩に手を置きながら言った。
「なんでこれを掘り起こすの?庭をきれいにするだけじゃダメなの?」とスノウ。
「そうだけど、、」と言葉を濁したブラン。
「こんなものがあったら、花も育たないかもしれないから、ちょっと調べてみましょうよ」とアランはすかさず答えた。 スノウは納得できずにいた。
「お花がなくなったのが物理的な原因じゃなかったから、何か別の方法で取り出せるのかもしれないね」とブラン。
「もし、デイジーちゃんがいたら、なんていうんだろう。」とスノウ。
「デイジーちゃんなら、もっと軽く、明るく解決できたよね」とジャム。
「これ。冷たくはないけどもしかしたら氷なのかな」とゆら。
「そうかもしれないね。ずっと雪が降ってたし」とブラン。
「考えられるすべてのことはしてみよう。とりあえず温めてみようか。」とアラン。
5人はお城に戻り、台所で大きな薬缶に水をたっぷりといれ、火にかけた。
「これでとけるといいね。」とジャムはワクワクしながら、しっぽをふって水を見つめた。
沸騰した薬缶を5人はそれぞれ容器にいれて、石の周りまでやってきた。ゆらがまずお湯を石にかけてみると、少し小さくなった。ゆらに続いて4人もお湯をかけた。2割ほど小さくはなったが、すべてを溶かすことはできなかった。
「んー、すごくいい方法ではなかったけど、ちょっとは効果あったね」とゆら。
「この石の成分はなんだろうね。」とアラン。
「お湯で少し溶けたけど、氷ではないし、、、、もう少し頑張ってお湯をかけてみよう」とジャム。
もう一度お城に戻り同じ方法でお湯をかけてみた。今度は全く形は変わらず、そのままの状態であった。
「表面上は温度で溶けるものだったんだろうね。深部に行くほど何か別のものでできてるんだね。」とアラン。
「もう疲れた」とスノウは水筒をぽとりと落とすと、とぼとぼとお城へ戻っていった。ブランはスノウについていき介抱をした。残った3人はまた悩みだした。
「考えてもだめなときは、考えるのやめよう」とゆら。
「うん。私、クッキー食べたい。」とジャムはそそくさとお城へ帰っていた。ゆらとアランもジャムについていった。ジャムは席に着くとお皿に乗ったクッキーを頬張りながら、
「はあー。そもそもなんで庭を片付けようと思ったんだろう。」とジャム。
ジャムに続いて席に着いたゆらは
「なんだっけ」とおぼろげに答えた。
「本当の自分を知るためじゃないんでしょうか」とアランはきっぱりといった。
そしてその日は更けていった。
沈黙の静けさが続くような日々。ため息で満ちたお城。ゆらは昔のことを思い出そうとしていた。そもそもなんでこんなに傷ついて、苦しんでいたのか。いや、未だに苦しんでいるのか。14歳の時に何があったのかは知っている。原因を分解しても、でもそれでは癒せないみたいだ。そこで何を失ったのだろう。スノウが苦しむかもしれなくて言い出せずにいた。
ゆらはその夜ブランを呼び出して話そうと誘っていた。バルコニーに灰色に揺れるふたりの影。
「ブランちゃん。私が落ち込んでいた時のことは覚えてる?」とゆらはブランに聞いた。
「もちろん。私はその時のためにこの家にきたの。あなたを癒すために存在してたの。地球では何も話せなくても。」
「やっぱり。ブランちゃんがいなかったら、私、、本当に救いが一つも見つけられなくて、もっとひどいことになってたと思う。人が信じられないのに加速が増したからきっと。もっと。」
ブランはゆらの手に手を重ねた。懐かしい小さな手がゆらの胸を締め付けた。
「ありがとう。今もブランちゃんに支えてもらえてるのが嬉しい」。
「物質としていなくなっても。ゆらちゃんの心に生きてたから、ゆらちゃんが愛してくれたから、私はここにいるんだよ。」とブランは微笑んだ。
ゆらは何度も涙ぐんでいたが、頬を伝えない涙にやっと気づいた。この世界では涙が流せないみたいだ。空気の湿度が高くて涙が見えない。
「ブランちゃんと話してたらなにか14歳の記憶がよみがえるかと思ったけどあんまり期待できないみたい」
「14歳から距離が遠いからね。簡単じゃないと思うよ。過去の自分では受け止められないけど、今のゆらちゃんならできると思う。スノウちゃんになりきって感じてみたら?」とブランは言った。
「感情の再体験するのか。何度かしたけど、不十分だったのかな」とゆらは言った。
「つらいのもう一回するのか。ねえ、ブランちゃん、怖いから抱きしてめててね」とゆらはブランに寄り掛かった。
「大丈夫。どうなっても私はここにいるよ」とブランはそっと囁いた。
ゆらは目をつむり、あのとき、14歳の私。学校に通っていたことのことを五感で体感し始めた。14歳の自分へダイブ。
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制服のごわごわした質感。黒板から舞うチョークの粉。窓から吹いてくる5月の風。グラウンドの野球部。笑い転げた休み時間。小さな手紙の文字。友達の顔。好きだった人の声。寒い駅のホーム。ただ、未来など無限で何も不安などなかった14歳。きらきらした友情が大人になっても続くと、疑うこともなく信じていた純粋な自分。初めてでよくわからない恋の行方も、小さな芽生えた夢をかなえる未来も、まだ始まったばかりだった。まだ私の未来は思い通りに進められると思っていた。それが、心を枯らしてしまって、すべての気持ちがなくなったようだ。あの時、強い力が欲しかった。一人でも生きていける力が欲しかった。でも、今の私があの時の自分に戻ったなら、たくさん悲しんで、怒って、あがいてもいいと伝えたい。そして、誰も傷つかないようにもう一人で苦しまなくていいと、強くならなくていいと抱きしめたい。そんなに強がらずにいてほしい。誰かを頼って生きていいとそう伝えたい。
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ゆらは心臓を絞られるほど苦しくなった。息ができないくらい涙が出てくる。ただ、ここでは流せない涙。はみ出してくる思い出たちがきらきらしながら突き刺してくる。遠いからこそよくわかる気持ち。自分を抜けだしたからこそわかる輪郭のついた感情。
ブランはやさしくゆらの髪をなでた。少しずつ苦しみが粒子に乗って舞い上がっていく。涙は金色、銀色、緑色、青色、悲しみでさびた色すべて空に舞い上がった。一通り泣きつかれるとゆらは想った。『私トラウマの傷が怖かったんじゃない。トラウマの傷が苦しかったんじゃない。後遺症で苦しんだことも恨んでもない。ただ、あの時の自分がかなえたかった希望、夢、願望まですべて埋葬してしまっていた。自分の中に苦しい感情とともに希望も夢も何もかも引き連れて蓋をしてしまったんだ』とやっと気づいた。
「ブランちゃん。私、分かった。今もできていないこと。今、真に幸せじゃない私にスノウはまだ救えない。だってまだ10代の時の想い、願いをかなえていないんだから。」
ブランはただ黙ってやさしくうなずくだけで何も言わなかった。
「ブランちゃんは知ってたの?」とか細く聞いても何も言わなかった。
ただ「よかったね。」と一言って強く抱きしめなおしただけだった。
「やっと、誰かのためじゃなくて自分のために思えるようになったね。今まで生きてくれてありがとう。生まれてきただけで私はうれしいよ。ねえ、月も真っ赤になってきたことだし眠ろう」とブランちゃんは泣きつかれたゆらの手を引いてお城へと戻っていった。
その夜つららのような針の雨が城を襲った。
ゆらは感じ切った感情はこれで本当に全部だったのかと思ったが、もう終わったことなのだからお別れにしようとトラウマとの決別を決意した。
第5.6章 夢の中
ゆらはその夜夢を見た。スノウの目を借りているようだ。少しだけ淀んでいて、姿かたちは、はっきりとは見えなかった。イメージの中の私みたい。やっと外側から見えるみたいだ。
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今の私の年齢だ。感情はどこへ行っていったんだろう。まぶしい青空の光、桜の花びら、銀杏の舞う風、誰かの笑顔、かわるがわる見たことのある風景が、窓から見る景色みたいだ。生きる喜びをいちいち拾うこといったいどこでやめてしまったんだろう。生きる術に必死で、感じることを封じていたみたいだった。楽しいと思えたものも偽物だったんだろうか、いいえ、純粋に心の扉が開いたときだったんだ。
私は裏切られたと感じたときから、きっと、無意識に人に裏切られないように、傷つかないように、その人が思う私に合わせて生きていた。それは自分を守るため。そして、誰かの自分でいることで役に立っていると、自分の存在に意味をつけたかったんだろう。でもそれが過剰だったんだろう。だから自分がわからないのは当然。だってありのままの私ではないから。褒められても、素の自分じゃないから演じている私を認められているだけだから、きっと本当の意味では嬉しくなかったんだ。きっとそれは場を乱したくないから、調和を優先するあまりにしていたんだ。
別に誰から頼まれたわけじゃないのに、勝手に自分で自分を作って苦しんでいたんだ。悲しみは私の手で作ったんだから、私でしか癒せないのかもしれない。ブランちゃんは代役を買って出てくれていたんだ。
途切れ途切れに気づく根っこの自分の思い。どれだけ、隠れていたの。どれだけ、自分でいることが怖かったの。
なんだか海の中にいるみたいだ。懐かしいような、でも薄暗くて何も見えない。私はかつてここで住んでいたのかもしれない。でも、ここは飽きた。光の見える先にいってみたい。そう思えたことを思い出した。
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「あるがままであなたは素晴らしい。そこにいるだけで十分価値がある。」と目覚める手前で強く残る声が聞こえた。
そうだ。私はどこにいても何をしていても、誰といても孤独だった。たとえ楽しくても、うれしくても、本当の安らぎは得られなかった。そう。居場所がきっとほしかった。心の居場所。大好きな場所に見出して仮住まいしていたのかもしれない。本当の居場所。きっと私の魂が知っている。自分であることでいい。それだけで十分じゃない。
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