第2章 アランの過去(2)
サニー祭り当日。
祭りといっても何か催しがあるわけではない。天候の習わしで、この日は太陽が主役の一日というわけで、夜が来ない。雨も降らない。春の陽気が続く一日の日のことである。
「ついに来たね」とブラン。
「僕はいつでもよかったんですよ。でもこんな早く叶うなんてありがとうございます」とアラン。
「じゃあ、計画通り、定規機関車でミュージカル・ノートタウンに向かおう」とブランは張りきっている。でも、少し不安を隠そうと強がっているようにも見える。水色のリボンをつけて、楽しそうだ。
アラン君はスノウちゃんが作った小さな帽子をかぶっている。
スノウはいつもと変わらない服装だ。なぜか傘まで持っている。
「念のためね」とブランが横目で行っているようだった。
月夜の湖までは歩きだ。ここまではスノウは来ていた。何かを思い出しているような白昼夢になるといつもここにきて湖をみつめているのだ。
「湖を超えるのは初めて」とスノウ。
「私は遠くから来たのになんだか怖いな」とブラン。
「私はよくわからないから楽しみだ」とアランは楽しそうだ。
アールグレイの駅に着き、一人3つの花を切符代わりに、3駅先のト音記号駅まで乗った。
「わーー。汽車の外は星空なんだね。何も見えない。」とアラン。
「これはね。本物じゃないんだよ。窓の枠の色を変えると、本当の景色が見えるよ」とブラン。枠の色をなぞると宇宙色から白色に代わり、ビスケットの丘や、パッチワークの山が見えた。様々な動物が行きかうのを3人は唖然と眺めていた。
「次はト音記号駅」アナウンスが鳴り、3人は目的の駅へと降り立った。
「大冒険してるみたい」とスノウ。
「そうだね。スノウちゃんにとっては世界が変わるくらい刺激的だろうね」とアラン。
「あ。私、小さな箱に閉じ込められたんだった。そういえば。スノウちゃんが見つけてくれて一緒に帰ったんだよね」とブランは町並みを見てなにか思い出したようだった。
「そうだったね。」と穏やかな顔で言うスノウ。
「ありがとう。私を見つけてくれて」とブランはグリーンの瞳で見つめる。長いまつ毛がゆれていた。
「僕はお邪魔だな。」とアランは二人の関係にしみじみと感心していた。
「じゃあ、楽器屋に行こう」とスノウは恥ずかしそうにつぶやき先頭を歩く。
「待って」とブランとアランは駆けていく。
歩きながらスノウは得意の想像を繰り広げていた。もしブランちゃんと会っていなかったら、私こんなに癒されていただろうか。ひとりぼっちだったら、荒んであのお城ごとなしくずしにして、ひとりで寂しく生きていたんだろうと。
「おーい。」とアランが呼び止める。
スノウは想像に夢中になり、楽器屋を通り過ぎていた。
「ごめん」
「おー。ここが楽器屋か、思ったより小さいな」とアラン。
「アラン君が言う??」とスノウ。
「私もそう思った。考えてるだけじゃだめだね。実際体感してみないとね。」と続ける。
「私はびっくりした。こんなにたくさんの楽器があるのを初めてみたし。スノウちゃんがいつも教えてくれる曲は大好きだけど、こんなのが上手に鳴るんだね。すごーい。」とブランは一人で感動していた。
「さっそく、ピッコロというものを探そう。」
「私も。」とスノウ。興奮気味のスノウは計画していたことなど忘れて、楽器に夢中のようだった。
「なんだ各自で見て回れちゃうの」とブランは不満げにつぶやく。
「私はスノウちゃんとみよー」とスノウのそばでちょこまかとブランは楽器をのぞき込んでいる。
「試しに弾いてみたら?」とブラン。
「そんなことできないよ。なにもわからないのに。」とスノウは怖気ずいてしまった。
「じゃあ、どれがお城にあったらうれしいかごっこしてみる?」とブラン。
「うん。あ、ギターもいいけど、ピアノも素敵ね。バイオリンも。」
「じゃあ全部おいたら?」とブラン。
「あーでも、眺めるだけになりそうだから一つに決めたい」とスノウ。
「そうだな・・ピアノがいいかな。小さいころに触ったことあるし。」
「じゃあそれ買って帰ろうか。」とブラン。
「うん。弾いてみたいと思ったしね。」とスノウ。
「すみません。」とブランが店主を呼び止めた。
「なんだか騒々しい物音がすると思ったら、3人もお客さんが来てたのかい。」と眼鏡をかけたヤギの老人が姿を現した。
「何かお決まりですか」と店主であろうヤギの老人はブランに言った。
「はい。ピアノを買おうかと思ってるんです。」とブラン。
「私が一応弾こうと思っているんです」とスノウは遠慮がちに言ってみた。
「あー。ならね、これがおすすめです。ピアノはどれくらいされていますか?」
「あの、初心者なんです。」とスノウ。
「大丈夫。楽器は人を選ばない。人が楽器を作っていくんだから。」と店主はいい、
「なおさらこれがいいよ。この白いピアノは純粋で、弾いている人の心を響かせる天才なんだ」
「だったら、私が弾くと暗くなりませんか」とスノウ
「いやいや。心というのは性格ではありません。音楽に対する気持ちですよ」と店主は加えた。
「恥ずかしい」とブランの腕を強くにぎるスノウ。
「大丈夫だよ。知らないことは恥ずかしいことじゃないよ」とブランがそっとスノウに囁く。
「僕も見つけたよ」とアランがピッコロをもって駆け寄ってきた。
「ふー重かった」
「そこのご婦人に手伝ってとってもらったんだ」とアランは羊の店員さんに向かってお辞儀をした。
「はいはい。これでいいのかな。」と店主はピッコロを手に取って
「お嬢ちゃん試しに弾いてごらんピアノが答えてくれるから」と吐き捨てるかのようにアランの相手をした。
「じゃあ、あの人も見てないし、今弾いてみよう」とスノウはピアノに向かい、ドの音を鳴らしてみた。
『トーン』と響き渡るとスノウの指の感覚から伝わるものがあった。それは音に対する感動ではなく。幼いころの思い出。ピアノを目の前にしてたくさん練習をしていた記憶。(私ピアノ弾いてたんだった)とスノウが衝撃に近い記憶をよみがえらせていた。ブランはスノウが何かとてつもない衝撃を受けていることに気づいていた。と同時に絶対このピアノをお城に持って帰ろうと決めていた。
「私これにします」スノウが言うのと同時に、店主がアランの会計を終えるとスノウのもとにかけよってきた。
「よかった。気に入ってもらえてピアノも喜んでるよ。この子もずいぶんこの店に長居したんだ」
ブランは店主の言葉を聞いて、また何かを思い出した。(私そういえば長い間閉じ込められていたんだった。外にも出られず、独りぼっちで。)
「じゃあ支払いは何でいたしましょうか。えっと今欲しいのは、お花か雨水か、砂糖といったところかな」と店主はいうと
「じゃあ雨水で」とスノウはポケットから小さな水筒を取り出した。スノウが雨雲を呼ぶせいでこの町では水不足が続いていたのを知っていたからだ。
「ありがとう。助かるよ。今夜はお風呂にはいれるよ」と店主は言った。
小さな水筒は見かけだけで、容量は何万トンと入れておけるような拡張を施してあるのだ。
「どのくらいで足りますかね?」とスノウ
「100リットルあれば十分」と店主
「では、ここからと」スノウは水筒を店主に渡すと彼は大きなビーカー紅茶の雨を注いだ。
「ではきっかり100リットルです。」というとピアノを大きな布で包み、拡張巾着へと入れた。
無事ピアノを購入したスノウはアランに駆け寄った。アランはピッコロを手にしただけで何かがわかったようだった。でもどうしても欲しくなりかってしまったようだ。支払いはスノウが分けた紅茶の雨水だった。
スムーズに会計をすますとなんだか達成感でいっぱいでスノウは思わず笑みがこぼれていた。
「すごい。楽器買うところまでできたじゃない」とブランが帰りの汽車の中でスノウに話しかけた。
「私も思ってもなかったから、すごくうれしい。ただ、記憶までよみがえってきちゃった。幼いころピアノ弾いてたんだった。しかもすごい量の練習だったと思う。ピアノの弾き方までは思い出せなかったけど。」
「だからか、なんかスノウちゃん衝撃をうけてると思った」とブラン。スノウが話し出すまでは店内であったことは何も話しかけずにいようと思っていたが、スノウから言い出したので少し戸惑っていた。前まではこんなことしなかったからだ。
「アラン君もよかったね。」とブランは謎の気まずさからアランに話しかける。
「そうです。本当勇気を出してあの絵の話をしてよかったです。僕も少し記憶がよみがえりました。その話はおうちについてからにしましょう。ちょっとここでは僕が話しにくいです。」とアラン。
「そうなのね。お互い記憶まで戻ってきてすごい経験だったね。私はいろんなものをみれて楽しかったよ。今度はみんながしてるお化粧っていうのやってみたいな」とブラン。
「そのままで十分きれいなのにね。」とスノウが付け足した。
「それ言おうと思ってたのに」とブラン。和やかな会話をしながらの帰り道。サニー祭りも終わりを告げようとしていた。
「あーよかった。もう少しで雨雲さんやってくるところだった。この白い毛が汚れるとほんとに困るのよ。洗っても乾かすのいやだから」とブランはお城の扉を開けながら、ぽつぽつと降り始めた雨にむかってつぶやいていた。
スノウは帰るやいなや大広間に白いピアノを設置した。そして、おもむろに音階を鳴らしてみた。
「あー、振動まで感じる音は本当に素敵」とスノウは独り言をつぶやいた。
「そうそう。アラン君のお話も聞かせてよ」とブラン。
「そうでした。僕はピッコロを演奏していた牛ちゃんに恋してたんだ。」
「へーそれで?」とブランはテーブル越しに身を乗り出してアランのほうを向いた。
「それで、僕はそのオーケストラ楽団の運営スタッフの一員として働いていたんだ。」
するとアランは悲しげな表情で語りだした。
「僕はその子と仲良くなりたくて楽団のスタッフとして働いていたんだ。マリーちゃんっていう名前で、とても素敵な子で、ドンドン好きになっていった。でもその気持ちは僕だけみたいだった。マリーちゃんには忘れられない人がいたみたいで。僕の恋はかなわなかったんだ。だけど仕事を辞める気にもなれずマリーちゃんとは友人として仲良かったんだ。」
とアランはとぼとぼと話し終わると「でもここまでの記憶しかないよ」と唐突に話を終えた。
「ブランちゃんはどうしてアラン君の名前知ってるんだろうね」とスノウ。ブランもよくわからない顔をしていた。そうして3人の大冒険は終わり、アランは大好きな子のピッコロを練習し始めた。彼の仕事は運営だったので、楽器の楽しさと難しさを味わいながら、とてもいい趣味ができたのであった。マリーちゃんの気持ちが少し理解できたみたいだ。アランは少し切なくなってしまった。
その日スノウは疲労し、次の日は一日中眠っていた。
それから、夕方になるとスノウのピアノを弾く音色が一日の日課に加わった。
ティーパーティでは楽器屋の冒険が話のネタに加わり、5人はとても楽しく過ごしていた。
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