第35話 コーチに就任

 監督が解しの体操を終えようとしている子供たちの所に向かうと、ベンチに座ったままの僕を手招きした。


「コイツが今度コーチとして来てくれる事になったアイカワだ!」

「えっ?まだやるって言ってないですよ?」

「時間がある時だけで良いからよ」

「わかりましたよ」


 子供たちから戸惑いの声が聞こえて来る。「誰?」とか「監督の知り合い?」なら良いけど「何年生?」とか「僕よりも小さい」とか失礼だろ!


「あー、こいつは身体は小さいが高校生だ」


 子供達から「嘘だ〜」とか「僕より小さいのに?」とかほんと躾がなってないなぁ、脱いで大人の下半身見せてやろうか?


「こいつは全国大会行った時のキャプテンだぞ」


 一斉に「すげー!」とか「サインして!」とか「僕より小さいのに!?」という称賛に変わった。おい!最後の奴、少ししつこく無いか?泣くぞ?


「足が早くて1番バッターでバントの名手だ。守備ではショートとしてセンターラインを守っていた」


 「うぉ~」とか「カッコいい」は良いけど「背が短いからショートとかウププププ」はひどすぎないか?あと「僕より小さいのに・・・」って落ち込んでる奴も顔は覚えたからな!


「という訳で土日にだけ指導に来てくれるからよろしくするんだぞ!」


 子どもたちの「よろしくお願いしま〜す」の大合唱で僕のコーチ就任がきまった。僕は参加する時は主に内野手の面倒を見る事になった。「ウププププ」の奴と「僕より小さい」連呼の奴も内野手らしいのでビシバシ鍛えてやるからな!


 子供達が帰ったあと、道具を片付け照明を落としてから少しだけ監督と話をした。

僕が全く野球に携わらなくなるのは勿体ないと思ったそうだ。僕が中学校の時に野球で活やさせて貰えなかった事は監督も知っていた。だから野球を辞めたがっても仕方ないとは思っていたそうだ。けれど僕が野球が好きで、ずっと真剣に取り組んで居たのはみていたので、このまま嫌いになってしまう可能性があるのを見ていられ無かったらしい。

 基本的にコーチは土曜日は固定で日曜日は任意という事になった。そしてテスト前や部活がある日は来なくて良いらしい。報酬は時間の割には安い方だろう。でも好きな日に来るだけで良いというのは部活も抱える学生からしたら有り難過ぎる条件だ。それに自分の体力も鍛える事が出来るし一回出れば一回のデート代で困る事はほぼ無い。勉強デートを続けるならお金は貯まるだけだろう。

 ゴールデンウィークは練習試合の審判も頼まれた。父兄がする事になっているけど全試合となると決まって無い試合があるらしい。僕が通して参加するだけで有り難いらしい。普通はボランティアらしいけど僕は関係者では無いから報酬は考えるらしい。外部の人に来てもらう報酬より1試合あたりは安くなるけど通しだとそれなりの金額は約束するとの事だ。僕は有り難く応じることにした。


「ありがとうございます」

「俺は野球しか教えられないからな」

「監督の野球に出会えた僕は幸せだと思います」

「よせやい」


 監督の交友関係によってアイコウ学園の内部情報が得られ、監督の難敵への対処法という教えによって攻略法を思いつく事が出来た。そして監督という努力を認めてくれる人が過去に居たからこそ、努力が報われない恐怖に抗う事ができ受験を乗り越える事が出来た。

 勿論両親や予備校教師の協力もあった。

 でも少年野球の監督はほぼボランティアだ。両親や予備校教師の様に血の繋がりも無く金銭のやり取りも無い、野球好きというだけの共通項があるだけの他人という事だ。だからこの人に受けた恩は一生忘れてはいけないと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る