第20話 息を潜める
「んふふふふ・・・」
指輪を左手の薬指に付けて光に翳している彼女がニヤニヤしながら少し変な笑い声をあげている。とても可愛い。
僕も指輪を付けているけれど左手は彼女と手を繋いで塞がっていて見る事が出来ないでいる。1人になったら同じ様に光に翳してニヤニヤしよう。
朝はあまり混んでいなかったバスも帰宅の時はそれなりに乗客が居た。
並んで座れる席が無かったので通路に立っている。彼女だけ座らせようとしたけれど、一緒に立っているといって現在の状態だ。
僕はギリギリ大丈夫だけど彼女は背が低いせいでつり革がつかめない。僕も届くとはいえ安定しないので棒の方を強く握っている。
僕が彼女の手を握りある程度支えているとはいえ、バスが止まるたびに座席の角にある輪っかの部分を離して指輪を見るのは危ないと思う。
急発進や急停車で大きくよろけたら彼女を抱きしめてしまおう。
おい運転手空気読んで少し強めにブレーキだ!強くし過ぎるんじゃないぞ!彼女が怪我したらどうするんだ!と理不尽な事を少し考えながら、彼女の体が揺れる様子を、ヌーの子供をブッシュの陰から狙うチーターの様な目で見つづけていた。
彼女は少しよろける事があったけれど、その時は僕をギュッと握ってうまく耐えていた。バランス感覚が結構良いのだろうか?運動神経悪いと言うのは遅いだけで足腰自体は結構強い?
「誕生日のお祝いしようね」
「6月?」
「うん」
「誕生日の度にあの両親の話を思い出すような気がするよ」
「あはは」
「あと夏の海に行った時も」
「一緒に行きたいね」
「海がな・・・」
「早いよっ?」
そんな話をしている内に目的地についてしまった。
バスから降りたところ彼女が「こっちに来て」といって僕の手を引っ張った。
黙ってついて行くと彼女の家の近所にある川沿いの公園だった。
公園と言っても小さな鉄棒と2つあるだけで、他は砂場とブランコあったと思われる痕跡と、シーソーがあったと思われる痕跡があるだけの寂しい公園だ。
彼女は先にベンチに座ると隣をポンポンと叩いた。別れる前に少し休んで行こうと言う事らしい。
「小さい頃はまだ子供達もいて遊具もあったんだけどね」
「撤去されたの?」
「なんかブランコやシーソーの音がキーキーうるさいって言われて撤去されたんだって」
「はぁ?」
「おじいちゃん達のラジオ体操の場所でもあったんだけどね」
「今は?」
「防災の避難所として残しているぐらいじゃないのかな」
「寂しいねぇ」
生活音や生活臭はお互い様という当たり前の事という世の中の常識は、少しづつ崩れ始めている。除夜の鐘や公園の子供達の声や楽器の練習の音。息を潜ませあって生きないといけない世の中を目指してでも居るのだろうか。
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