第12話 世界最薄

 中学生の頃から始めたお年玉の抜き取りと、コツコツ溜めたお小遣いのおかげで現在ヘソクリは5万円ほどになる。こっそり抜き取らないと全部貯金に回されちゃうからな。この低金利時代に銀行への貯金なんて意味があるのかと思う訳ですよ母上様?


 ワタナベ先輩から気に入った楽器があったら購入しなくても取り置きしてもらえる?と聞いたけれど、3万円ぐらいは持っていった方が良いかなと思い財布に入れておく。ピックは1枚100円と高くはないけれど100枚となると1万円。ワタナベ先輩はそれでも多い時は1月で使い切るそうだ。


 引き出しのヘソクリ置き場に置かれた、先日親父から、母さんには内緒だぞと言われドラッグストアの袋に入れられ手渡された、世界最薄0.01mmと書かれた箱が気になるけれど、惑わされる事無くそのまま引き出しの奥に封印し施錠をした。


 中学3年の時にコンビニでチラっと横目で見た時は0.03mmで世界最薄と書いてあったと記憶している、1年も経たず3分の1いや3倍も進化したのか?すげぇな世界最薄産業、と少子高齢化が叫ばれている中なのに頑張ってる大人達にエールを送った。


 自室を出て玄関に向かうと親父とお袋が揃って声をかけて来た。


「どこかに行くの?」

「部活動の関係でちょっと」

「そんなお洒落をしてか?」

「部員と行くからね」

「そんなお洒落な部活なの?」

「音楽関係だからね」

「はぁ?お前が音楽関係だぁ?」

「そんなの僕の勝手だろ」

「気をつけてね」

「行ってきます」

「アレは持ったのか」

「持ってねぇよ!」


 少し強めに扉を閉めて家を出た。

 大きな音が響きました、近所の皆さま、休日の朝なのにすいません。


 スマホで彼女に「今家を出た」とメッセージを送った。新学期すぐに連絡先を交換したけどあまりメッセージの交換はして来なかった。告白の返事を貰えて居ないのに頻繁に送ったらストーカーみたいで嫌だったからだ。

 何故か俺のスマホはアサカワからのメッセージの方が家族を抜いて1番多くなっている。アサカワは頻繁に周囲の人と連絡を取っている。彼女とバスが一緒になった時も頻繁に彼女にメッセージが来るようで、返事を返していた。折角好きな人とのデートなんだから今日は空気読んでくださいねお嬢様と念を送っておく。メッセージを送らないのは逆にメッセージが増えそうだからしない。


 彼女が乗る1駅先のバス停まで歩くと20分、近くのバス停より15分ほどかかる。けれど駅前で待ち合わせるなんかより長く一緒に居たい。

 僕は鼓動の音がいつもより大きくくなっている事を自覚する。スキップしたくなる様な気持ちを抑え、少し早足で彼女がいつも乗り降りするバス停に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る