第4話 主婦のマウントの取り合い
受験が終わり僕は手応えを感じていた。
筆記試験では、時間がかかる問題は飛ばし僕の能力で最高の点が出せるよう時間配分を決めて解いていった。特に難問を飛ばしていた数学の時間終了の鐘が鳴った時にはきちんと目的の最終問題まで解いていて、追加点を目指して飛ばした問題を数問解いていたぐらいだった。
こういった作戦の立て方は少年野球のキャプテンをしていた頃に監督から聞かされていた。
持ちうる手駒を最大限に生かせば戦力で負けていても勝てる。それがうちの監督のやり方だったからだ。背が小さくて足だけしか取り柄が無く打率も悪い僕に選球とバントの練習を続けさせ、1番打者として開花させた。
エースでも4番打者でも無く、僕をキャプテンに推薦したのも、練習熱心で本気になった時の集中力が高く勝負勘があるという理由だったと教えてくれた。
1番にピッチャーに向かっていき、粘って粘って相手を翻弄する、持ってる力をさらけ出させてそれを皆に伝える、それが監督が考えた僕の役目だった。エースも平凡、チーム打率も平凡、それでも硬い守備と高い出塁率でチームを全国大会出場まで引っ張った監督は、とても優れた指導者だったのだ。
僕はそれほど頭は良くない。記憶力も頭の回転も早い訳では無い。騒がしく集中しにくくても真面目に授業は受けた。それでも同じ教室で授業は受けていた生徒の半分以上は僕よりテストでいい点を取っていた。だけど相手を知り、作戦を練って戦い方を決め、それを攻略すれば、僕より記憶力が良く頭の回転が早いアイコウ学園の受験生と対等以上に戦う事は出来ると信じて頑張った。
自主採点では合格圏内だった。ミスが無ければ大丈夫。後は自分を信じるだけだ。
面接も無難に終えた。予備校に面接の設問予想があったのでお袋に手伝って貰い何度も練習した。
自己アピールでは、小学校の頃に少年野球のキャプテンをしていて全国大会まで行ったこと、中学校でも野球部に所属したこと、体が小さく小学校の時の様な活躍は出来なかったけど、最後まで真面目に取り組んだこと、それと1年生から3年生まで、学級委員をしていてクラスを引っ張ったと言った。この高校を目指した理由は、地元で1番優れた学校で自分を磨きたいからだと答えた。
野球部の同級生達が引退と同時に伸ばし始めた髪ではあるが僕は自分でバリカンで刈り続けた。受験前日には眉や首元や産毛などはお袋に整えて貰った。面接官の前で姿勢を正しくし真面目な顔でハキハキと答えた。体は小さいけれど真面目に頑張っている少年という演技は完璧だったと思う。あとは運命が僕を彼女から遠ざけようとしなければ大丈夫だと思った。
3学期は1度も学校に通わなかった。卒業式にも出なかった。後日卒業証書だけ受取りに行き、野球部の監督にだけ別れの挨拶をして僕の最低だった中学校生活は終わった。
合格発表当日は家族で行った、結果として親父から丸刈りの頭をガシガシ撫でられ、お袋からは号泣しながら抱き締められた。そして帰りに腹いっぱい回る寿司を堪能した。その日は両親も値段の高い皿を注文しても何も言って来なかった。親父はビール1本で饒舌に語り、お袋はスマホで実家の祖父母にメッセージを飛ばしまくった。お袋のスマホがピロリんと鳴るたびに画面には祖母からの賞賛の言葉が書かれて居た。
アイコウ学園の制服はオシャレなブレザーだった。県下いちカッコイイと言われていると母親がキラキラした目をしながら渡してきた。近所の主婦仲間でのマウントの取り合いで、僕の名門校合格のおかげで非常に立場が良いと、高校に言ったらお小遣いアップの要求に対し上機嫌で了承しながら、アイコウ学園の情報を僕が調べたよりも詳しく語ってくれた。開校の理念とかは調べたけど、現在の理事長の名前とかは興味ないよ。
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