ポッキーイベントと孫

夏伐

妻への冥途の土産

 初めは携帯ショップや飲食店で見かけるようになったAIロボットは少しずつ街中で見かけるようになった。若い頃は面白がっていたが、ツールの物珍しさがなくなり少しずつ『非日常』は日常に溶け込んでいった。


 私が孫と出かけるようになっても、都市は加速度的に姿を変えていった。


「おじいちゃん! あれあれ!」

「ふむ、AIロボットとポッキーゲームか」


 高校生の孫が嬉々として、路上のイベントスペースでたたずむ個人所有のAIロボを指さした。


「やっぱりピカみんはやることが違うね~~!!」


 ロボが二足歩行で歩くことに大歓喜世代の私は、内心とても感動していた。


 有名人を模倣して作られた外見は、もうほとんど人間と変わりがない。孫がピカみんというのは新進気鋭のクリエイターだった。

 今回は動画チャンネルを通しての大型企画で、ピカみん自身と協賛してくれたクリエイターを模してAIを搭載したロボを作成し、『俺たちとポッキーゲームをしよう!』なんてイベントを始めた。


「さすがピカみんだ!」

「おじいちゃん、わかってる~~!」


 少々動きが不自然に感じるが、これは『不気味の谷現象』と呼ばれるものだろう。外見が人間に近づきすぎたゆえに、微細な動き、反応などから人間ではないと分かるゆえにどこか不気味さを感じる。

 だが、そこがいい!!


 路地の一角に五台置かれたロボたちに若者たちが集まっていた。

 それぞれ手に好みのポッキーを持っては、ロボたちと写真や動画を撮っている。共通のハッシュタグを使いSNSで拡散することで、より大きなイベントになっていた。


 ポッキーゲームと称して、彼らが応援する配信者とキスしているような写真を撮るものもいるが、それに対しても対応はしているようで、ロボの元になった個人のキャラ性にあった反応を見せている。

 突き飛ばして恥じらいを見せたり、そのままキスをしたり、怒ったり。


 定期的にパーツの入れ替え、清掃消毒はしているようだが、ロボの口はチョコまみれになっている。


「まこと、私は動画を撮ればいいのか?」

「うん! いつも通りよろしく!」

「世話が焼ける孫だ」

「そういうおじいちゃんは、新しいものに目がないくせに~!」


 孫のまことも動画配信者である。私がカメラマンをするようになってから、少しずつ動画のパターンも増やすことができていて、動画内容や企画を考えるのがとても楽しそうだ。


 まことはポッキーを手にピカみんロボの口元へ持っていく。


 今回はこの大型イベントに『行ってみた』動画を撮る。まことはまずはポッキーを大げさなリアクションで褒めながら、ポッキーゲームを開始した。

 孫と有名人ロボがポッキーを通してキスをする動画をカメラに収める私。


 正直、娘が結婚すると言って事前連絡もなく既に孫がいた事実を、私だけ知らなかったのと同じくらいのショックがあるが、これも『とれ高』のため!


「まこみん……」

「ちょ、おじいちゃん何で泣いてるの!?」


 カメラをオンにしている時、まことのことは動画投稿者『まこみん』と呼ぶことがルールだった。

 ふざけて動画映えを狙っていたまことは、急なじじいのガチ泣きに驚いてポッキーゲームを失敗してしまった。ロボ側に残った長いポッキーが地面に落ちてくだけた。


「孫がロボとは言え、キスしているのを見ていたら結婚式を思い出して……」

「おじいちゃん……」

「結婚式の準備段階で、実は子供がいましたと言われてどれだけショックだったことか…」

「ごめん……」

「まことの年齢から逆算するに……、一人暮らしする前に産んでいた事を考えると、それだけ私が父として信頼されてなかったのか…と、当時は感染症の問題が復活して私にも余裕がなくて」


 実は子供がいました!と十歳になるまことを紹介された時の衝撃と言ったら……。結婚相手も年上だったが、二人の様子を見るにとても仲が良さそうだったし。妻は何も言わないし。

 きっと私の余裕のない姿から、子供ができたことを言い出せなかったのだろう。


「――は?」


 しんみりとした空気にまことは呆れた声を上げた。


「おじいちゃん……」

「すまない…動画に関係ないことを…」

「もしかして……、私のこと実の孫だと思ってる?」


 まことは悲しそうにしていた顔から一点、呆気にとられた顔をしている。


「孫に実も外もなにもないだろ?」

「いや、血のつながりとか」

「幼い頃からこんなに話が合うんだから、血のつながりなんてあるに決まってるだろう」


 私が呆れて言い返すと、まことは頭を押さえてため息をついた。


「私はお父さんの連れ子で、お母さんは育ての親!」

「え?」

「初めて会った時、やけにうろたえてたと思ったら……」

「ええええ~~~~~!?!?――げほッごほッ」


 久々に大声を上げてむせてしまった。

 まことが背中をさすってくれる。


「おばあちゃんも『オタクが隔世遺伝した』って言ってたじゃないか!」


 そういえば妻はこういう事にノリノリでのっかってくるタイプだったことを思い出す。私が変な勘違いをしてショックを受けているのを見て面白がっていたのだろう。

 私が天国に行ったら、文句でも言わねばやっていられない!


 衝撃の事実が発覚したことにより、孫と何とも気まずい雰囲気になってしまった。これではポッキーゲームを始める話ではない。


「あの、すみません。次いいですか」


 黙ってロボの前に突っ立っている私たちに、カメラを持った若者の集団が声をかけてきた。それをきっかけに私たちはそそくさとピカみんイベントから帰ることになった。

 駅まで向かう途中、私たちの間に会話は無かった。黙ってとぼとぼと切符を買い、電車が来るのを待つ。気まずい。


「はい、おじいちゃん」


 そんな中、まことが余ったポッキーを数本くれた。


「ありがとう。すまない、私のせいで動画のとれ高が……」


 あのイベントは来週の金曜日まで続くが、まことはしっかりと大学に行き、バイトもしているため今日しかチャンスが無かったのだ。


「おじいちゃんは、血のつながりが無くてもおじいちゃんでいてくれる?」


 ぽつりと不安そうにポッキーを食べながらまことが言った。


「当たり前だ。そうじゃなきゃ誰がまこみんチャンネルの動画編集をするっていうんだ!」


 娘夫婦はしっかりものの常識人だが、まことの動画投稿にはあまり良い顔はしない。

 それでもカメラが取り上げられないのは、お目付け役として私がいるから、というのも大きかった。


 それに、企画から編集、字幕をつけるところまで一人でやって勉学やバイトまでしていたら時間も手も足りない。

 二人でも足りていないが、それでもずいぶんとマシだろう。


 私の言葉にまことは、私の手に残っていたポッキーをがばっと奪った。そして、ぼりぼりと勢いよくポッキーを食べきると、ニヤリと笑う。


 後日、『ピカみんイベントで衝撃の事実発覚!』というタイトルでまことは動画を投稿した。


 私は少し恥ずかしかったものの、インターネットでほんの少し話題になったその動画は娘夫婦も知ることになり、娘は妻にそっくりな表情で呆れて笑っていた。


 しばらくして、なんとピカみんチャンネルからメールが来た。


 まことの動画を紹介して良いかという話だった。AIロボを使ったイベント企画者もまさかこんなところで気まずい事実が発覚することは予想していなかったらしい。


 まことは「ピ、ピカみんからの……公式からのメールだ!!!!!!」と叫んで喜んでいた。私も小躍りして喜んでしまい、足の小指を折ってしまった。


 何はともあれ、ポッキーの日から起きたイベントで私たちはまた良き孫とじじいになれたのだった。

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