第二市 軍靴の足音

 雪が降り注ぐ中、人糸乱れぬ動きで行進する一団があった。

 新潟県の軍隊だろうか。ザっザっという足音を立て、新潟の街を闊歩していた。


 軍靴ぐんかの足音という表現があるが、まさにその言葉通りに戦いが近づいている。それを実感した。

 兵隊たちは俺たちの前まで来ると、うやうやしく敬礼する。もちろん、俺に対してではない。俺がともにいる山本やまもと五十六いそろくに対してである。

 山本五十六はにこやかな笑顔がその瞬間だけ張り詰め、敬礼を返すが、すぐに笑顔を取り戻す。


「諸君らの奮闘を期待しているぞ」


 そして、俺に耳打ちしてくる。


「東京都民の力、見せてくれよ」


 そう言われて、俺は困惑した。どうも山本五十六は俺のことを誤解しているのだ。


   ◇   ◇   ◇


 タライ舟は遭難していた。日本海の荒波の中で、イチロー兄さんやモモちゃんの乗るタライ舟とはぐれてしまっていた。

 俺一人じゃ新潟県がどの方向なのかもわからない。舟を漕ぐことさえままならず、途方に暮れるばかりだった。


 そんな時だ。巨大な船影が近づいていた。

 海面が容赦なく揺れ、ただでさえ不安定なタライ舟はまったくの安心感のない場所となる。波が降り注ぎ、タライに水が溢れてきた。

 近づいてきたのは軍艦だった。軍艦はタライ舟のような小舟には意にも介していないようで、そのまま巻き込まれそうになる。


 まずい。このままでは海の藻屑だ。

 だが、軍艦が近づいていたのが幸いだった。俺はタライを縦にして無理やり沈め、再び浮かび上がってくる力を利用して、一気に跳び上がる。

 そして、艦体の梯子に手を掛けて、どうにか逃げ延びた。とはいえ、このままではどうすることもできない。


「助けてくれぇー」


 我ながら情けない声を上げたものだと思うが、これはやむを得ない事態だ。

 軍艦の乗組員たちは俺に気づいてくれる。ロープを垂らしてもらい、どうにか救出された。


   ◇   ◇   ◇


「何者だ。なぜこの海域を航行していた」


 軍人たちが銃口を向けながら俺を問い質す。俺は両手を上げ、半笑いになりながら、敵意がないことを示そうとするが、通用しそうにはなかった。

 遭難という苦境は越えたものの、俺の立場は決して良好なものになりそうになかった。


 だが、そんな時、軍人たちを分け入って現れるものがあった。


「ほっほっほ、見ていたぞ、あんたの運動能力。タライ舟をまるで牛若丸みたいに跳躍して、この空母に張り付いたなあ! いやいや、芸術的な動きだったぞ。

 そして、その服装、その姿、只者ではないとお見受けしたが、どうかな?」


 それは恰幅のいい初老の男であった。その目は好奇心に輝いており、人懐っこい言葉遣いであった。

 だが、その階級は高いらしく、周囲の軍人たちは彼に対して恭しく接している。この船の船長ということだろうか。


「おっと、名乗るのが遅くなったようだ。俺は山本五十六。大日本帝国航空母艦、赤城あかぎの提督だよ」


 それを聞いてハッとした。この人はこの船の船長なんかじゃない。

 船長などではない。周辺海域にある艦船、いや新潟県中にある艦船の全てがこの人の支配下にあるのだ。


「失礼いたしました。おいらは東京都民のゴロー。タライ舟でさ迷っていたところを救っていただきました。この御恩、命に代えましても果たさせていただきます」


 思わず、俺は山本五十六に跪き、そう言葉にしていた。彼の持つ権力のオーラに完全に屈してしまったのだ。


「ほっほっほ、嬉しいことを言ってくれるね。まさか、東京都民とはなあ。こいつは驚いた。素晴らしい拾い物だったな。

 ほほほ、最高の待遇で迎えさせていただこうじゃないの」


 山本五十六は嬉しそうにそう言った。


   ◇   ◇   ◇


 私は赤城に揺られ、新潟県本土へと足を踏み入れた。そして、その戦いの最前線に駆り出されたのである。


 問題はその相手であった。


 越後の龍と恐れられ、その剛腕で新潟県を統一し、山梨県や愛知県の侵略を跳ね返した戦国最強の大名、上杉謙信うえすぎけんしん

 コンピュータ付きブルドーザと形容され、日本列島そのものへの改造を実行した怪物、田中角栄たなかかくえい


 到底、相手にできるはずもない怪人物たちであったが、さらに驚愕すべきはそれぞれの参謀としてついている人物であった。

 上杉謙信にはモモちゃん、田中角栄にはイチロー兄さんが傍に立っていたのである。

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