第三市 ジンギスカン
札幌の街に入った。函館と同様に凍り付いた街。
だが、明らかについ先ほどまで生活していたかのような、人々を多く見た。ただ、すでに凍り付いており、動くことはない。
そんな時だ。奇妙な音が聞こえた。
パカランっパカランっ
これは蹄の音だろうか。つまり馬か。
「ふん、馬賊が現れたか。ゴロー、モモ、戦闘態勢を取れ」
ば、馬賊! ひえぇっ、怖い。音に聞く北の大地の馬賊が現れたというのか。
「これは東から来ていますね。網走刑務所のある方向です。
北海道が捕らえたというモンゴルの馬賊たちでしょう」
モンゴルの馬賊! コサック騎兵と並んで恐れるべき北の脅威である。
そんな奴らと戦わないといけないというのか。こ、怖い。
「そ、それ、逃げた方が……」
俺が思わず口に出したが、それを上書きするようにイチロー兄さんの淡々とした声が響く。
「戦闘態勢を取れ」
仕方がない。俺は渋々太刀を握り、いつでも抜けるように準備する。
モモちゃんは短刀と札を手に取り、イチロー兄さんはいつものように悠然と佇んでいた。
パカランっパカランっ
音が大きくなっていた。近くまで来ているのだ。
◇ ◇ ◇
馬賊たちの襲撃が始まった。
動くものは馬賊が馬に乗ったまま騎射する矢によって撃ち抜かれていく。
「これは許せんな。めちゃ許せんよな」
イチロー兄さんの声が響く。
俺たちの危機を救った
さすがに、この状況にあって逃げようなんて言えるはずもなかった。
「よく言った。それでこそだ」
そう言うと、イチロー兄さんは拳銃を取り出すと、馬賊に向かって駆けだした。
馬賊たちの騎射がイチロー兄さんの動きに反応して襲い掛かる。それを飛び上がって回避しつつ、銃撃を放った。そのどれもが、馬賊たちの脳天を撃ち抜き、馬上から追い落としていく。
しかし、その背後から馬賊が迫った。馬の蹄がイチロー兄さんを踏み潰そうとする。
「やらせるか」
イチロー兄さんは地面に転がり、すんでのところで蹄を避けた。そして、馬の腹に拳銃を撃ち抜く。
馬が倒れ、馬賊もまた馬から墜落し、頭を打って死亡した。
「
モモちゃんが担当に札を刺し、地面に突き立てる。それとともに地面にぬかるみが生まれ、それが馬賊の乗る馬たちの脚を取り、次々と転倒させていった。
馬から落ちた馬賊は無力である。状況を察したものたちは瞬く間に逃げ去っていった。
それなら、俺は誰と戦う。そう思案していると、何者かと目が合った。
それは馬賊たちを支配する首領である。ほかの馬賊とは毛色が異なり、モンゴル風の出で立ちではなく、すだれ状の鎧が身に着けられ、太刀を身に纏っている。どこか、鎧武者を思わせる姿であった。
俺は太刀を手に取ると、飛び上がって、馬上のその男に斬りかかった。
ガゴンっ
馬賊の首領もまた太刀を抜き、俺の太刀を返した。その勢いのまま、俺自身もまた弾かれるが、どうにか馬の頭の上に着地すると、頭を蹴って、再度首領に向けて太刀を振るう。
ギンっギンっギンギンっ
何合となく打ち合う。そのたびに俺は馬の背に着地し、尻に着地し、首領に迫った。
だが、先に音を上げたのは馬だ。馬は嘶きとともに、二本足で立ち上がり、俺と首領を地に落とした。
地面に転がっても、戦いは終わらない。
俺は転がりながらも、首領を斬ろうとするが、首領は瞬時に跳び上がり、天上から斬りかかってきた。それをやはり地面を転がりながら、どうにか避ける。
グキンっ
地面に太刀が刺さったことを確認すると、首領の喉元目掛けて太刀を振るった。
えっ?
気づくと、俺の太刀は首領に奪われていた。地面に刺さり使用できなくなった太刀に変わり、俺の太刀を奪い、俺を斬ろうというのだ。
敗北した。死ぬことを覚悟する。
しかし、太刀が落とされることはなかった。鬼斬りの太刀は俺を所持者として認めているらしい。首領の手に掴まれた途端にすっぽ抜け、あさっての方向へと飛んでいった。
「ふっ、命拾いしたな。主君思いの良い太刀のようだ。
名乗っておこう。俺の名は
そろそろ潮時だ。さらば!」
奇妙なことに馬賊の首領は東京都の言葉で話した。
そして、その言葉とともに馬賊たちは引き上げていく。すでに奪い尽くしたということだろうか。
「ゴロー、見てみろ。先ほどの馬賊だが、その正体は羊のようだ」
イチロー兄さんが大声を上げた。
一体、何を言っているんだ。そう思ったが、確かに見てみると、馬から落ち、周囲に倒れている馬賊たちは羊であった。
羊が馬に乗る。奇妙なことがあるものだ。
「どうやら、こちらも食糧の調達はできたようだな」
◇ ◇ ◇
羊たちを捌き、肉に切り分けた。ある部分は燻製にし、ある部分は
毛や骨にも使い道はあるので、それぞれ別途確保した。
そして、加工していない肉はその場で焼くことにする。鉄板はなかったが、馬賊の被っていた兜を代用することにした。多少の凸凹はあるが、肉を焼くには十分機能する。
兜を熱して、脂を塗り、冷凍保存されていた野菜を並べた。
「はい、ゴロちゃん。タレを作ったよ」
モモちゃんがタレの入った器を渡してきた。甘い香りがする。これは青森のリンゴと玉ねぎを加えて、醤油で煮詰めたものだろうか。
これに羊肉が漬け込んであった。これを野菜の乗った兜の上に敷き詰める。
ジュワジュワという音が鳴り始め、肉の焼けた匂いとタレの焦げたような香りが漂ってきた。
肉を皿に取り、一口。実に野性味のある味わい。羊のクセというか、臭さがあるが、それがまた味わい深い。甘いタレのおかげで美味しく食べれているのかもしれないけど。
「大人の羊とはいえ新鮮な肉だ。臭みが少ないな。これは食べやすい」
イチロー兄さんがパクパクと肉を食べていく。
むむ、クセがあるように思うけどなあ。
「お肉と野菜を合わせるのも美味しい。冷凍されてた野菜だけど、お肉が美味しいと野菜も美味しいね」
一緒に焼いているのは、カボチャ、キャベツ、椎茸、それにもやしだ。
カボチャの甘さが肉の旨味を増幅させ、キャベツのシャキシャキした味わいが肉の香りを引き立てる。椎茸の旨味と香りが肉ともよく合い、もやしの歯応えが肉との相性抜群だ。
「敵の大将だが、ジンギスカンと名乗ったそうだな。ちょうど良い。戦いの勝利を祝って、この料理をジンギスカンと名づけてはどうだろう」
イチロー兄さんが思いついたように語った。
それに対し、モモちゃんが全国観光ガイドブックをめくりながら返事する。
「もともと、北海道では羊肉の料理のことをジンギスカンと呼ぶようです。狭義では、このように膨らんだ鍋を用い、漬け込んだ肉を焼いたものを指しています」
まさか、イチロー兄さんの思いつきが現地の文化と一致するとは。これには、イチロー兄さんも驚いたように声を上げる。
「なんと。考えることが一緒とは。北海道にも見識の確かな北海道民がいたものだな」
そう言って、ワハハと笑った。
そうしている間にも肉は焼ける。俺たちは無我夢中で肉を食べていた。
やがて、肉を食べ切ると、イチロー兄さんは立ち上がる。
「腹ごしらえも済んだ。さらに北に向かうぞ」
その言葉とともに、現実に引き戻された。
物資の調達を行い、準備は万端になったものの、極寒の地を再び進まなければならないと考えると憂鬱であった。
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