第十三県 時空の狭間、青森

第一市 ねぷたとねぶた

 おかしい。何かがおかしい。


 座敷童によって青森県に転移させられ、その場所――八戸から青森に向かって歩を進める。それはなかなかに距離がある行程で、一日で多度つけるものではない。

 だが、しばらく歩き、違和感が現れる。それでも、またしばらく歩く。


「ねぇ、おかしいよね」


 モモちゃんがそっと俺に囁いた。

 確かに、おかしい。もう十時間は歩いたと思うのに、太陽が沈む気配がないのだ。

 これはどういうことだろうか。まさか、青森県では時間が進まないのだろうか。

 東京の島でも意識しなければ時間は進まなかったが、まさか青森県では意識したとしても時間が進まないなんてことは……。


「あははーっ、それはないでしょ。そこまでオカシイ都道府県なんてこれまで……」


 そこまで言って、モモちゃんは冷静になる。ここは東京都ではないのだ。何が起きても不思議はない。


「そうだな、なら訊いてみるか?」


 イチロー兄さんが口を開いた。そして、近くにいた青森県民に声をかける。


「東京都民のイチローだ。今日はお会いできて嬉しい。

 青森には時間の流れがないと聞いた、本当か?」


 すると、それを尋ねられた青森県民はキョトンとする。


「ジカン? 初めて聞いた言葉です。

 はあ、時が流れる……。東京都民は奇妙なことを意識して暮らしているんですね」


 こんなことがあるだろうか。青森県民は時間というものを意識したことがない。

 いや、それもそうか。青森県には時間が流れないのだから。


「そんはなずないですよ。青森県にはねぷた祭りというお祭りがあるはずです。祭りとは季節の区切りを示すもの。時間のない世界に季節も存在しないはずです」


 モモちゃんが全国観光ガイドブックを読み上げつつ、抗議した。

 すると、青森県民はさも当然であるかのように言い放つ。


「ねぷたじゃなくて、ねぶただけどね。やれるよ、季節だから」


 ねぷたとねぶた? なんなんだ、どう違うんだ。

 そんな問いにはモモちゃんですら、答えてはくれない。


 青森県民の言葉のあと、急に太陽が沈む。そして、やんややんやと人が集まり始めた。

 そして、勇壮なねぶたが次から次へと行進を始める。煌々とした明かりを放ちつつ、ねぶたはさまざまな物語を語っていた。古に聞こえる古代中国の勇将、関羽かんうの千里行。悲劇の名将、源義経みなもとのよしつね勧進帳かんじんちょうの逸話。それだけでなく、東京都で話題のキャラクターの物語も再現される。

 ねぶたが何かはよくわからないが、なんというドラマ性、血の滾るほど壮大な物語が語られていた。


「ゴロちゃん、そんなことより、これ美味しいよ。せんべい汁。食べなよ」


 モモちゃんは男の浪漫というものがわからない。だが、せんべい汁には俺も興味があった。


 せんべいらしき白いものが入っている。口にいると、モチモチしているような、それでいてせんべいの固さも残っているような、不思議な噛み心地だ。染み込んだ出汁の旨味が実にいい味わいだった。

 具材のサバは脂身たっぷりで、それがせんべいによく合った。サバの鮮烈な味わいがせんべいに溶け込んでいくようだ。しめじの旨味もせんべいに閉じ込められ、せんべいの不思議な食感とともに解放される。白菜、ニンジン、ゴボウも同様だった。さまざまな野菜がせんべいに集約されていく。

 これはいいものだ。


「ゴローよ、もっといいものがあるぞ。お前の分も持ってきた。食べるがいい」


 イチロー兄さんがさらに奇妙なものを持ってきた。それはラーメンだったが、信じがたいものでもあった。


「味噌カレー牛乳ラーメンだ」


 なんというか、悪夢のような組み合わせのラーメンだ。だが、意外というか、そんなに悪い組み合わせじゃないというか、実に美味しそうな臭いが漂っていた。

 麺を啜る。スープに油が張ってあるため、熱々のままだ。ちぢれた中太麺にスープがよく絡む。不思議な感覚だった。味噌とカレー、牛乳。それが渾然と一体となり、抜群の旨味を形作っているのだ。


「これは旨いぞ」


 思わず口に出してしまう。そして、夢中のままにその麺を飲み干した。


「腹ごなしが済んだところですが、時空の歪みが集約する場所がわかりました。新郷村です。この場所にはイエス・キリストの墓があるといわれています。歪みの原因はそこにあるのかもしれません」


 モモちゃんの言葉に、イチロー兄さんと俺に緊張が走った。

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