第三市 仇討ちの国

 声を上げたのは異形のものたちである。異形の生物、いや、生物ですらないものもいた。


「おいがだは困ってらふと見過ごせねのだす」


 そう言ったのは、硬い殻で覆われた楕円状の生物だった。先端は尖っている。

 生物? いや、生物か。それはクリの実だった。 


「あの怪物は付近のふとたぢに迷惑かげでら」


 羽をブンブンと震わせつつ、ハチが言った。

 うん? ハチって人間たちと喋るものだったかな。


「おいがだなら、あの怪物討ぢ取るにええす」


 木製の身体ながら重鈍さを感じさせるウスが重々しく空気を震わせる。

 いや、なんだよ、ウスって。無生物! 無生物を喋らすな。


「うす」


 俺には男らしく硬派な挨拶をすることしかできない。


「おいがだが協力するす。ともに戦いに向がうべ」


 牛の糞が言った。

 三者のはずが四者になっているだとか、無生物にしても、さすがに牛の糞はないだろだとか、言いたいことはいろいろあるが、そんな気力はとうに失せていた。


「これは『さるかに合戦』の助っ人たちです。このお伽噺は秋田県が発祥だという説があるのです。とはいえ、似たような物語は世界中に散見されています。

 グリム童話の『コルベス様』では猫、石臼、卵、アヒル、針で悪漢退治に乗り出しており、『さるかに合戦』との類似性が認められています」


 モモちゃんが解説してくれた。

 とはいえ、別に彼らに助っ人を頼まなくてもいいんじゃないか。そう思い始めていた。


「イチロー兄さん、金陀美具足きんだみぐそくを呼んだらどうかな。平賀源内のエレキテル兵器だといったって、巨大具足なら対抗できるはずだよ」


 俺の言葉にイチロー兄さんはかぶりを振る。


「ダメだな。まだ、金陀美具足きんだみぐそくは補給を終えていない。この場には呼べない」


 だったら、埼玉でやったみたいに巨大化するのはどうだろうか。あれならエレキテル兵器も楽勝だろう。


「それも無理だ。大義がない」


 なにそれ。名分が立たないと巨大化ってできないものなのか。

 じゃあ、大仏。あれは壊れてしまったけど、それに類する兵器は秋田にはないのだろうか。


「それが四者の助っ人だろう。案ずるな、このパターンで負けたものはいまだ存在しない」


 イチロー兄さんは妙に自信満々だった。


   ◇   ◇   ◇


 ガチャーンっガチャーンっ


 それは煌びやかな建物だった。いや巨大建築兵器か。

 その兵器はネオンがピカピカと輝き、ライトが煌々と照らされている。その建物が歩き、そして、秋田の街を踏み潰していっていた。


「もはや、一刻の猶予もないな。秋田県民の暮らしを守るのだ。行け、秋田県民クリよ」


 そう言うと、イチロー兄さんは秋田県民クリを手に掴むと、巨大兵器に向かって投げつけた。

 いや、その行動はおかしい。『さるかに合戦』によれば、秋田県民クリとは設置型トラップである。その設置トラップを投げたのだ。言っては何だが、気が狂っているとしか言いようがない。


「まあ、見ていろ」


 イチロー兄さんは相変わらず自信満々だった。


 クリは放物線を描いて、巨大兵器の直前にまで近づいた。だが、巨大兵器の目と思しき箇所から熱線が放たれ、撃墜される。

 いや、落ちていない。熱線を浴びた瞬間、ドォーンっと破裂音がした。クリの破片は恐るべき破壊力である。巨大兵器の顔半分と左肩を瞬く間に欠損させた。


「え、あ、なんだ、あの威力……」


 俺は唖然と呟く。すると、モモちゃんが口を開いた。


秋田県民クリが命を賭して行った攻撃なのです。あれくらいの破壊力があって当然でしょう」


 そんなものなのか。

 しかし、巨大建築兵器はダメージは負ったものの、動きを止める気配がない。このままでは秋田県民クリの決死の攻撃が無駄になる。


「では、こいつを放とう」


 それは秋田県民ハチであった。

 いやいや、秋田県民ハチは設置トラップだ。それでどうしようというのだ。


「さっきから、設置トラップ設置トラップ、うるさいぞ。

 秋田県民クリ秋田県民ハチも決してトラップとして生きてきたのではない。彼らは彼らの人生を生きているのだ。それをないがしろにしてはいけない」


 そう言いながら、瓶に入れていた蜂を解き放った。

 秋田県民ハチは宙を飛び、巨大建築兵器の内部に入り込んだ。やがて、巨大兵器の動きがおかしくなる。


「どういうこと? 何が起きてるの?」


 俺は思わず声を上げた。どうしてこんな異変が起きたのか、わからなかった。


「成果を上げたな。私たちも向かおう」


 そう言うと、イチロー兄さんが走り始める。


「どうやら、あの建物は自立思考するものではなかったみたいね。秋田県民ハチの攻撃で混乱するのは生物ってことじゃない?」


 モモちゃんのその言葉で合点がいった。つまり、中には巨大建築兵器を操っているものがいるということだ。

 だが、そうやってあの建築物に入るというのか。


 ドゴーンっ


 ウスが降ってきた。急に落ちてきたからか、巨大建築兵器はその足を臼にぶつけた。足の小指でも当たったのだろうか。巨大兵器は悶絶するように動きを止めた。


「今だ!」


 イチロー兄さんの先導に従い、俺たちは巨大建築物の中に入っていった。


   ◇   ◇   ◇


 巨大建築兵器のモールを進む。広大な空間であるが、人はおらず、秋田の閑散とした人口事情がしのばれた。

 そのモールの中を階上に進み、操縦室に向かった。


「ここです」


 モモちゃんが宣言する。扉を開けると、そこにいたのは神奈川県民異人のムリョーであった。幾度目かの邂逅である。


「ほう、この異人とは何度も会っているのか。

 なら、話が早い。この地を明け渡してもらおう」


 そういえば、イチロー兄さんはムリョーとはほとんど顔を合わせていないのか。どうやらあまり記憶に残ってないらしい。

 しかし、何度となく鉢合わせるのは一体どういうわけなのか。


「それはあなたがたには関係のないこと! 秋田は東京都民貴様らなどに渡す気はさらさらない。

 そちらこそ、おとなしく引き下がるがいい」


 ムリョーは反抗的な態度を取る。

 それに対し、思うことがあるのか、イチロー兄さんの眼鏡が光った。


横浜県民異人よ、踏んでいるぞ」


 ムリョーの視点が泳ぎ、足元に向かう。俺もムリョーの足元を見た。

 そこには秋田県民牛の糞がいた。


「げえぇっ!」


 ムリョーが悲鳴にも似た嘆息を漏らす。それこそが隙だった。

 イチロー兄さんは瞬時に間合いを詰め、腰をかがめると、両腕を突き出した。開いた両手。双掌打だ。


「きえぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 怪鳥けちょうのごとき叫び声が響く。イチロー兄さんのものだ。

 次の瞬間、双掌打の打圧を受けたムリョーの体が浮かぶ。いや、翔ぶ。ムリョーはそのまま吹っ飛び、窓ガラスを割って、巨大建築兵器の外へと消えていった。


「よし、この地は平定したな。こいつでこのまま岩手へと進もう」


 そう言うと、イチロー兄さんは操縦桿を握った。


 ガコーンっガコーンっ


 巨大建築兵器はイチロー兄さんの意のままに操られ、東へと進んでいく。

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