第三市 最上義光 VS 上杉鷹山 with さくらんぼ

「何やら、戦いの気配がするな」


 ラーメンを啜りながら、イチロー兄さんが唸る。そして、一息に残りのラーメンを吸い上げると、落ち着いた物腰で立ち上がった。


「ゴロー、モモ、あの最上もがみ義光よしあきという男を追うんだ。そして、居場所を逐一知らせてくれ。私には用事ができた」


 そう言うと、蕎麦屋に勘定を済ませ、どこぞへと姿を眩ませた。

 取り残された俺はモモちゃんの方を見るが、すでに身支度を終えている。


「ゴロちゃん、出遅れてる。急ぐよ」


 そう声を出すと、そのまま、走り始めた。

 は? もう行くの。俺は荷物を抱えると、必死でモモちゃんに追いつくべく走りだす。


 ぜえ。ぜえ。ぜえ。

 人通りが少なく、広い通り。おかげで、モモちゃんがどこにいるのか、どうにかわかった。

 それはモモちゃんも同じらしく、すでにターゲットの行く先を捉えているようだ。


「あの最上さんってお侍さん、山形城に向かっているみたい」


 モモちゃんは壁の隅に佇んでいた。そして、それとなく最上の様子を窺っている。

 確かに、最上の行く先には山形城があった。土塁と石垣で囲まれた城郭があり、その中央に山形城がそびえている。

 それを目前にして、最上は刀を抜き、天に掲げた。


素懸黒糸縅胴具足すがけくろいとおどしどうぐそくよ、来い!」


 その呼びかけに応じて、天上から黒色に黄金色の浮かび上がった巨大具足が降下してきた。最上はその鎧と一体化する。

 さらに最上の声が響いた。


三十八間金覆輪筋兜さんしゅうはちけんきんぷくりんすじかぶと!」


 さらに天井から金色に輝く三本の角で飾られた黒色の兜が降下する。それを巨大具足が受け止め、頭に被った。これぞこの具足の完成形なのだろう。


   ◇   ◇   ◇


 巨大具足に乗り込んだ最上もがみ義光よしあきが暴れ始めた。

 こうなると、兵卒たちではまるで相手にならない。ただ蹴散らされるだけだ。砲門が開き、一斉に最上を狙撃する。少しよろめくが、そんなもので巨大具足は止まらない。


「巨大正宗の錆となるにゃ!」


 素懸黒糸縅胴具足すがけくろいとおどしどうぐそくがその刀を抜いた。音に聞く名刀正宗である。言わずと知れた神奈川県民の名工が打った刀で、誰もが欲しがる逸品であろう。

 その正宗の一閃により、砲塔そのものがザッパザッパとなます斬りにされていった。


 このままでは山形城は落ちる。

 そう思われた時だった。


「皆の者、下がれ!」


 老練な声が響いた。声の主は山形城の本丸にいた。

 その指示に従い、兵士たちはいっせいに退く。そして、次の瞬間に、爆薬が破裂し、最上のいた地面が崩れた。さしもの巨大具足も姿勢を崩す。


「油撒き隊、行け! 次いで火付け隊!」


 老将の的確な指示に従い、兵士たちが動いた。巨大具足に油が撒かれ、それに火をつけられる。巨大具足が燃え上がった。

 とはいえ、特殊な合金で作られた具足に炎などは大して効果はない。ただ、それはあくまで具足に対してのみで、その中にいるものは熱気に茹でられ、煙に呼吸を遮られる。こうなると、具足から外に出るしかないのである。

 やがて、具足の胸部が開き、最上光義が姿を現す。それを待っていたのは山形城の捕縛隊だ。さすまたを持った兵たちが囲っていた。


「こうなるのは予測のうち。だが、待ち構えるものどもがこの程度とは思いもよらんにゃ」


 その言葉とともに、最上が稲妻のごときスピードで瞬時に動く。抜き様に放たれた刀の一撃で、さすまたは粉微塵に斬り刻まれ、兵たちも血を流して倒れた。

 その勢いのまま、最上は山形城の本丸へと駆け抜けていく。


「ゴロちゃん、行くよ」


 モモちゃんが促す。戦場が移るのだ。

 俺たちもまた、本丸へと走っていった。


   ◇   ◇   ◇


 城内は文字通りの死屍累々であった。最上に斬られた兵卒たちが幾人となく倒れている。その血液が血溜まりとなり、歩きにくくて仕方がなかった。

 さらに侵入者を撹乱する意図があるようで、迷路のような構造になっている。登りの階段を見つけるのも一苦労だ。


「山形城の見取り図は全国観光ガイドブックには載っていないのよね。なんでかな」


 モモちゃんは全国観光ガイドブックを眺めながら、不思議そうに呟いた。

 全国観光ガイドブックには城の内部情報を乗せられない理由でもあったのだろうか。


 俺たちはどうにか、本丸の最上階へと辿り着く。奇しくも、最上もがみ義光よしあきが最上階についたのと、ほとんど同じタイミングだったようだ。


「おめが上杉の殿様だにゃ? 山形は最上んもんに返してもらうんだじゅ」


 最上はその佩刀を抜き、老人に突きつけていた。だというのに、老人は落ち着き払った様子を一切崩していない。


「拙者は上杉うえすぎ鷹山ようざんと申す。最上殿、もはや最上の治世は終わっているのでござる。おとなしく帰ってもらうわけにはいかんかな」


 上杉鷹山は城主に相応しい威厳ある声で最上に語り掛ける。だが、その装いは上等とはいえず、丁寧に拵えてはあるものの、木綿の着物を纏っていた。


「笑止。武士もののふなら刀で語らうものにゃ」


 最上の刀が弧を描き、上杉に迫る。だが、その瞬間、上杉の胸倉から奇妙なものが飛び出てきた。


御鷹おんたかぽっぽ!」


 それは絡繰り仕掛けの鳥であった。精巧に作られた鷹の木彫りが実物であるかのように、空中を舞っている。


 ここでモモちゃんの解説が入る。


「上杉鷹山殿は元々鳥を飼うことが趣味だったんだって。けど、質素倹約を旨とする改革に乗り出して、そのお手本としてその趣味をやめちゃったの。でも、山形の特産品として一刀彫りの鷹を売り出すことを考えて、御鷹ぽっぽと名付けたのよ。

 けど、御鷹ぽっぽにこれほどの絡繰り仕掛けが施されているなんて……。こんなの全国観光ガイドブックにも書いてないよ!」


 また、記述のないことが出てきた。どういう基準なんだろ。


「ぬん!」


 さすがの最上も御鷹ぽっぽの複雑な軌道に舌を巻いていた。空中を旋回する相手を刀で捉えるのは並大抵のことではない。しかし、次第に目が慣れてきたのか、その動きに適応し、ついには御鷹ぽっぽを両断した。

 その瞬間、上杉の刀が最上を襲う。


 シュっ


 最上はやはり剛の者といえよう。完全なる不意打ちを瞬時に回避していた。だが、その刀は僅かに頬を掠めており、赤い血がたらりと垂れる。


「太平の世の大名とて戦う用意は常にあり。それが武士という存在でござる」


 その言葉を聞き、最上に笑みが宿った。好敵手を得たと感じたのだろうか。


「武士とは敵を討ち滅ぼすものじゅ。掠り傷で悦に入るものでねぇ。戦国の世の武士もののふの撃剣、教えてやるにゃ」


 そう言うと、最上の激しい太刀筋が上杉に迫った。上から、下から、横から、あるいは正面から点で、さらには背後からその斬撃が上杉を襲う。


「為せば成る!」


 上杉は老人であるというのに、その攻撃に対応し、自らの刀で打ち払っていく。最上が何合も打ち、上杉が何合も払う

 だが、その実力は歴然であった。ついに決着がつく。


 カキンっ、ブンブンブンっ


 上杉の刀が弾かれ、回転しながら、宙に飛んでいった。

 覚悟をしたのだろう。その瞬間に、上杉は自らの首を差し出すように前に出た。だが、最上はその上杉に対し、跪いた。


「この勝負、おらの敗けじゅ。おめの剣からは山形の民を思い、民のために殉じる心意気が感じ取れたにゃ。おらにはおめほどの覚悟はねぇ」


 この決闘には爽やかな漢と漢の語らいがあった。闘争によって、最上と上杉は互いを理解し、互いを認めたのだ。

 そのため、両者は争いつつも、互いの生死を決着としない。自らの理想を相手も持っているのだから。


 ドゴーンっ


 轟音が響いた。山形城に攻撃するものがあった。


 ドーンっドーンっ


 幾度かの壁で城壁が崩れ、俺たちのいる本丸の最上階の壁も天上も剥がれた。

 そこにあったのは巨大なさくらんぼである。さくらんぼが超巨大な鉄球のように振子となり、城を破壊していたのだ。

 そして、さくらんぼにはイチロー兄さんが乗っている。


「はっはっはっはっはっ、山形の真の支配者は何者か。上杉でも最上でもあらず。山形はさくらんぼ王国、さくらんぼこそが山形の絶対王者なのだよ」


 そう言いつつ、再びさくらんぼが振りかぶられる。

 イチロー兄さんが宣言した。


「もう一回!」


 ドドーンっ


 完全に城が崩れる。

 俺はモモちゃんを抱えると、崩れる床の中から、踏み込みの効きそうな場所を選んで、どうにか地上へと降り立った。

 その頃にはもはや山形城は跡形もなく崩れている。これじゃ、山形城跡地だよ。


「山形は制したな。北上するぞ。次の目的地は秋田だ」


 イチロー兄さんの言葉とともに、休む暇もなく次の目的地が示される。

 俺は深く溜息をつくと、その後について歩き始めた。

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