第二市 麺王国

 山形県は広大な大地であった。遥かなる地平が広がり、そこに田畑が連綿と続いている。

 その大地を進み、新たな都市を求めた。


 それは山形である。ド田舎である山形県とはいっても、やはりその名を関する街は大きなものである。山形城によってその支配が確固たるものとなっていた。

 イチロー兄さんとしても、この地を押さえる思惑があるようだ。


 だが、俺としては気になるのは、山形の麺料理である。

 東京都民の一部には山形は麺王国であり、麺料理の盛んな地であるという噂が密かに聞こえていた。イチロー兄さんやモモちゃんは知らないだろうけど。


「山形は元々蕎麦の盛んな地でしたが、東京都のラーメンが伝わると、山形県民はラーメンに熱狂しました。ラーメン屋が乱立したのは当然のこととして、蕎麦屋で食べられるラーメンもあるようですよ」


 モモちゃんが全国観光ガイドブックを片手に説明する。ちぇっ、知ってたのか。


「ふむ、ならば食べ比べる必要がありそうだな」


 イチロー兄さんが宣言した。だが、それは好都合だ。いろいろな麺料理を食べることができるということじゃないか。


   ◇   ◇   ◇


 イチロー兄さんが目についた蕎麦屋に入った。俺もモモちゃんもそれに従い、蕎麦屋に入る。


親父オヤジ、山形の麺料理を味わいたい。あんたの判断でいい、山形を代表する麺料理を持ってきてくれ」


 店に入るなり、イチロー兄さんは居丈高に蕎麦屋の親父に告げた。

 親父はその言葉に頷くと、厨房へと入っていく。


「まんずは山形蕎麦から味わってけろ」


 待つことしばし。

 長方形の容器に入った蕎麦が提供された。美しく盛り付けられた蕎麦。ざる蕎麦ではあるようだ。

 その周りには薬味として山菜が添えられている。


「板蕎麦なっし」


 すすってみる。思ったよりも硬い。重厚な味わい。これは美味しいかもしれない。


「なかなかのコシだな。東京の蕎麦にもこれほどのコシはあるまい」


 イチロー兄さんが感心したように呟く。コシが強ければいいというものでもないとは思うが、それでもこの蕎麦はそれゆえの美味しさを持っていた。


「山菜が薬味っていうのもいいですね。この独特の香りと食感、それにほのかな酸味。わらびのお浸しで食べるお蕎麦って最高」


 モモちゃんもこれには絶賛だ。モモちゃんはだいたい絶賛しているような気もするけど。


「次はラーメンはどうでい。山形の蕎麦屋っていえば、ラーメンを食べるもんなんだごで」


 やった。蕎麦屋でラーメンを食べてみたかったんだ。

 山形県民蕎麦屋のオヤジはパッパッと麺を茹で、スープを醤油ダレで返す。それに、チャーシュー、メンマ、ネギ、ワンタンを配置した。

 ほう、ワンタンメンか。これは楽しみだ。


「はふっ、はふっ、ワンタンのおかげでラーメンが熱々。これがいいのよね」


 モモちゃんがラーメンを冷ましながら、なんとか食べようとしている。

 確かに薄いワンタンは麺に絡み、その熱量を上げている。けれど、食べてみると、実にすっきりした味わいだ。醤油味のさっぱりスープ。けれど、なぜか濃厚な味わいもある。

 その理由は――。


「あごだしだな。魚介の風味がスープに奥行きを与えているんだ」


 出汁の味わいが豊かなのだ。トビウオから作るあごだしに加え、煮干しや昆布の風味もあり、実に奥深い味わいになっていた。


「東京もんにしては確かな舌を持っているんごだで! もっと食べるなっし」


 山形県民蕎麦屋のオヤジは俺たちの食べっぷりに感心したようで、さらなるラーメンを持ってきた。


 まずは辛味噌ラーメンだ。

 味噌スープの中心に真っ赤な辛みそが配置されており、それを溶かすことで少しずつ味を変えながら食べるのだ。具材はチャーシューのほか、ナルトとメンマというオールドスタイル。攻めているようで伝統も捨て置かない。


「んー! 辛い! けど、美味しい! 辛いけど味噌味が優しいから食べられる」


 モモちゃんは辛さに四苦八苦しつつも夢中になっている。

 それに対し、イチロー兄さんは味わいつつも食べ進めていた。


「東京にも辛い味噌ラーメンはあるが、それとはまた違う味わいだな。田舎ならではの朴訥さが良さに変わっている」


 ナチュラルに見下す発言をしているが、今回は見逃すことにしよう。


「次は水ラーメンなっし」


 山形県民蕎麦屋のオヤジが今度は不思議なラーメンを差し出した。

 水ラーメンとは何だ? と思うが、そもそもスープがない。そう思っていると、麺を啜ってみると、中に氷が入っているのがわかった。この氷こそがスープであり、食べ進めるうちに氷が解けて、その出汁の味わいが麺に絡まるのだ。


「冷たいラーメンをこうアプローチしてきたか。山形県民の創意工夫も侮れないな」


 さすがのイチロー兄さんもこの変わり種のラーメンに驚いたようだ。

 一方、モモちゃんは一心不乱に水ラーメンを食べ進めていた。


   ◇   ◇   ◇


「ふぁ~、よく寝たんだじゅ。随分と盛り上がっているようだにゃー」


 急に声が聞こえた。どうやら店の片隅で寝ていた酔客のようだ。

 だが、よく見ると、ただの酔客には見えない。山形県民でありながらも、イチロー兄さんと近いほどの長身であり、口元には髭を蓄えている。その物腰は洗練されており、武芸の心得を感じさせた。

 そして、その服装は身なりのいい直垂ひたたれ姿であり、臨戦態勢にあると感じさせる。


「オヤジ、俺はどれくらい寝ていたかい? そんで、聞きたいんだが、今の山形の支配者は誰だい?」


 その山形県民は物腰柔らかな口調で、蕎麦屋の親父に尋ねる。


「へい、最上もがみ義光よしあき殿、ようやくお目覚めになりますったな。爺さんからの言伝によると、数百年は寝ていたんごだで。今の山形の治世は上杉の殿様が行っておりなっし」


 それを聞くと、最上と呼ばれた山形県民の眼光に怒りの色が宿った。


「なにぃっ、上杉だと!」


 最上はすくっと立ち上がると、刀を手に取り、店の外へ駆けだした。

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