第十県 遥かなる地平、山形

第一市 芋煮会戦(後編)

 ブローっ、ブロロロロローっ


 あれは重機だ。先端に巨大なショベルをつけた車両。ショベルカーだ。

 さらに、先端にフックの付いたタワーを背負った重機も現れる。そのフックには巨大な鍋が吊るされていた。

 運転席を見るが、人間が乗っている様子はない。まさか、コンピュータ付きブルドーザーだとでもいうのか。いや、それは新潟県民か。これはクレーン車だ。


 次々とクレーン車が現れると、その場に竈門が置かれ、薪が置かれ、火がつけられ、鍋が置かれた。そして、ショベルカーがその鍋に具材を入れ、掻き混ぜる。


「あの、ショベルカーはおたまの代わりだったか」


 イチロー兄さんが感心したように呟く。

 なんだ、そりゃ。料理をするのにわざわざショベルカーなんて使うのか。どんなスケールの存在なんだよ、山形県民というのは。


「どうも、皆さん、お騒がせしています。もうすぐ芋煮が煮えますので、楽しみにお待ちください」


 クレーン車から若い娘が降り立った。人間のように見える。まさか、人間が乗っているとは思わなかった。

 いや、ここは宮城県と山形県の県境である。東京都ではないのだ。人間がいるはずがない。だというのに、その娘は人間にしか見えなかった。


「名乗るのが遅れましたが、私は夕鶴と申します。この芋煮会を取り仕切らせていただいております。

 ただ、一つだけ。芋煮が煮えるまで、鍋の様子は覗かないでくださいね」


 夕鶴と名乗る娘がそんなことを言う。

 しかし、あれだけ巨大な鍋なのだ。巨人ででもなければ覗くなんて不可能だろう。


「何を言ってるんだが。山形の田舎者、気取るんでねぁーよ。宮城県の芋煮でも食ってやがれ!」


 宮城県民サイキッカーのひとりがいきり立った。宮城県民サイキッカーは宮城県の芋煮を念力サイコキネシスで浮かせ、器によそう。そして、そのまま念力サイコキネシスで夕鶴の口元へ運び、念力サイコキネシスで芋煮を一口ずつ浮かせて夕鶴に食べさせていく。


「うっぷ、なにこれ。豚汁じゃないの! 美味しいけど、これ豚汁。芋煮なんかじゃありません!」


 夕鶴はドン引きしたように声を上げた。


 さらに宮城県民サイキッカーは自身を浮かせると、空中に飛び上がる。そして、山形県民たちが重機で作っている鍋の中身を見た。そしてドン引きする。


「こいなのは芋煮でねぁー」


 宮城県民サイキッカーは墜落した。


 その様子を見ていた夕鶴の姿が輝き始める。その姿が変わっていた。

 その手や腕は広がって翼に変わり、その凛々しい顔からは嘴が生えて白と黒の羽毛で覆われた。頭には紅の模様が浮かぶ。その姿は鶴であった。


「『鶴の恩返し』として知られるお伽噺をご存知ですか。助けられた鶴が人間の娘の姿を取って現れ、高価な織物を提供するという。ただし、それを織る姿は鶴そのものであり、鶴の姿を見られた娘はそのまま逃げたということです。

 その由来は山形県の鶴布山かくふざん珍蔵寺ちんぞうんじにあるという説があります。『夕鶴』とはその物語を元にした戯曲のタイトル。

 どうやら、夕鶴は伝説に語られる鶴だったようですね」


 モモちゃんが全国観光ガイドブックをめくりながら、説明した。

 だから、鍋の中を見るなって言ってたのか。


 というか、クレーン車にクレーンそのものが乗っていたということになる。

 あ、いや、これはダジャレじゃないよ。単に同音異義語というか、クレーンの名称をクレーン車に利用したってだけの関係だから。


「あなたの能力、私が吸収します」


 夕鶴だった鶴が宮城県民サイキッカーから何かオーラのようなものを吸い取った。そして、宣言する。


「こうなった以上、あなたたちには強制的に芋煮を食べさせます。この地を芋煮によって支配するのです」


 そういうと、夕鶴は念力サイコキネシスを発揮し、大鍋の中にある芋煮を浮かせ、器によそっていく

 宮城県民サイキッカーの能力がそっくり夕鶴に移っていた。


 俺は自分の手元に来た芋煮を見る。その具材は里芋、こんにゃく、長ネギ、それに牛肉であった。汁の色は黒色であり、醤油の香りが漂っている。

 食べてみよう。里芋が柔らかい。牛肉は旨味が濃縮されていた。ネギはシャキシャキ、こんにゃくはプルンプルン。味付けは甘じょっぱく、それぞれの具材を活かしているようだ。


「美味い! けど、これってすき焼きじゃない? 里芋入ってるけど」


 俺が素直な意見を口にすると、イチロー兄さんが同意する。


「その通りだ。そういえば、群馬県で『代表的日本人』の内村うちむら鑑三かんぞうが作ってくれた置賜おきたま風すき焼きは山形県のすき焼きなのだよ」


 そうだったのか、こんなところでそんなつながりが。山形県こそが彼の語った北の大地ということか。

 しかし、周囲では怨嗟の声が溢れていた。宮城県民たちのものだ。


「これは芋煮じゃねぁー」

「これはすき焼きだべ。甘いべ」

「おらたちの芋煮のほうが美味いだべ」


 戦争が始まった。宮城県民たちは豚汁のような芋煮を山形県民たちに食べさせ、山形県民重機たちはすき焼きのような芋煮を宮城県民たちに食べさせる。

 そこかしこで、「こんなの芋煮じゃない」という悲鳴が響き渡っていた。

 その様子を眺めながら、イチロー兄さんは涼し気に笑う。


「ハッハッハッハッ、これこそが好機よ。このまま山形県に打ち進むぞ」


 俺はイチロー兄さんに続く。だが、モモちゃんの反応が薄い。


「あっ、はい。あ、んん、いや、これ美味しくて、まだ食べてました」


 モモちゃんはまだ山形県の芋煮を食べていた。まあ、牛肉は美味しいからなあ。これは米沢牛というやつだろう。

 そんな彼女を気にもせず、イチロー兄さんは再び蔵王連峰ざおうれんぽうに向けて歩き始めていた。

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