第四市 芋煮会戦(前編)

 宮城県と山形県の戦争は蔵王連峰ざおうれんぽうで行われていた。

 蔵王山の険しい山道を行く。それはやがて雪道となった。


 レジャーできていればスキーやスノボーをするのかもしれないが、今は戦争である。その雪道は俺たちの行く手を阻むばかりであったが、幸いにも備えがある。

 俺たちにはかんじきがあった。かんじきを用い、雪の積もった山道をすいすいと進み(実際にはバテバテである)、蔵王山の山頂まで辿り着く。そこは樹氷の立ち並ぶ神秘的な場所であった。

 そして、そのまま下山し、そのふもとにある白石川に向かう。


 戦争は川原で起きているのだ。


 果たして、川原に行くと、宮城県民の軍勢が炊き出しをしていた。戦争に備えて、補給を整えているのだろう。

 宮城県民たちは焚火を起こし、大鍋を置き、何かの汁物を煮立たせていた。


「ここだな、戦争の現場は」


 まあ、確かに現場ではあるだろう。炊き出しも立派な軍隊の仕事であるのだから、ここも戦争の現場といって差し支えないかもしれない。

 だが、戦争の現場という言葉を使うのなら、やはり戦場を指すのが相応しいように思える。


「これが芋煮会ですか?」


 モモちゃんが尋ねた。

 芋煮会? 奇妙な語感だ。わざわざ芋を煮るために集まる会ということだろう。そんなこと、わざわざするかね。


「そっしゃ」


 宮城県民が答える。肯定されたそうだ。宮城県民はわざわざ川原に集まり、芋を煮るための会を催しているのだ。

 そんなバカな。言っててバカバカしくなってくるが、そんなものは冗談で実際には山形県との戦争の準備なのだろう。


「んなことねえべ」


 宮城県民が憤った。そして、煮立った芋煮を掬うと、器によそい、私に差し出した。私はそれに七味をかけて、いただく。


「う、美味い」


 雪の山道をひたすら歩いていた。今も屋外で寒さに震えている。そんな中で食べる芋煮はひたすら美味い。

 それは味噌味であった。芋は里芋。ほかの具材は長ネギ、人参、牛蒡、コンニャク、それに豚肉。

 温かい。それだけで御馳走だと感じた。


「でも、これ芋煮っていうか、豚汁とんじるじゃない?」


 それはまさに豚汁ぶたじるであった。そのため、ついつい思ったことが口に出る。

 すると、宮城県民たちの視線が突き刺さった。


「豚汁って、これは芋煮だべ」

「なんべさ、あいつぁ」

「東京もんだべっちゃ」


 ひそひそとした宮城県民の言葉が聞こえてくる。

 うっ、俺はこの集団の中で疎外されてしまうのか。

 そう思った時、異変が起きる。とうとう戦争が始まったのだ。


 ブロロローっ、ブロロロローっ


 山形県民は車両を持ち出してきていた。宮城県民は歩兵のみだというのにだ。

 ぐっ、怖い。山形県民。宮城県民サイキッカーを蹴散らすほどの相手だ。一体、どんな奴らだというのだろう。

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