第三市 気仙沼の血戦

 あの美しい松島まつしまの海原を越え、石巻いしまきの海岸線を通過する。俺たちは気仙沼けせんぬまに向かっていた。


「気仙沼とは宮城県の北東端に位置する漁港です。マグロ、カツオ、秋刀魚などは全国有数の水揚げ量を誇り、特に鱶鰭ふかひれの水揚げ量では日本一となっています。近年では気仙沼ホルモンなる格闘技が流行っているとか」


 モモちゃんが解説してくれた。それにかぶせるように、イチロー兄さんが言葉を続ける。


「気仙沼で船を探し、岩手までの道のりを探る。それこそが目的だ」


 しかし、気仙沼がどんな場所かはわからない。思惑通りに、船を貸してくれるような人がいるのだろうか。

 宮城県民はサイキッカーのはずだ。悪意をもって対応されたら、それに対処することは難しい。


「そうだな。油断するな、ゴロー」


 いや、それは俺が言おうとしたことなのだが。

 まあ、いい。油断せずに行こう。


   ◇   ◇   ◇


 ズブっ


 足が沈んだ。

 なんだ? そう思ったものの、大した事体だとは感じていなかった。


 ズブズブズブっ


 さらに足が沈む。いつの間にか、膝までが地面に埋まっていた。


「はあ?」


 間抜けな声が出る。そうして、ようやく気づいた。

 まさか、これは底なし沼なのか。


「これは敵の攻撃が始まっているな」


 イチロー兄さんが澄ました声で言う。そういう彼はすっかり沼に浸かっていた。首まで。

 いや、それもう、どうにもならないだろう。


「モモ、敵はいないか。見つけるんだ」


 こうした事体を想定していたのか、モモちゃんは少し後ろからついて来ていた。なので、彼女だけは地面に立ったままだ。

 モモちゃんがハンドバッグから奇怪な道具を取り出した。それには方位磁針が入っており、細かく方位の書かれた盤である。これは風水羅盤ふうすいらばんだ。モモちゃんの得意とする仙術のひとつ、風水に用いる器具だ。

 難しいといわれる地形を操る術であるが、これをどう扱うというのか。


「えいっ!」


 掛け声とともに、風水羅盤を投げる。フリスビーの容量を用いた円盤投げだ。

 いや、方位の意味よ。


 ガチンっ


 木陰に隠れていた女性に当たった。


「あ、あの人ですね」


 モモちゃんがそう言うと、ツカツカとその女性が俺たちの前に立ちはだかる。


「宮城県人と東京都民は引かれ合う。けれど、その関係が恋人か友人か、はたまた宿敵かはわからない。

 おらはあんだたちの敵べさ!」


 その宣言とともに、女性の全身が輝いた。それとともに沼が意志を持ったように、俺たちを底へと引きずり始める。


 パァンっ


 その瞬間、イチロー兄さんは沼から腕を出し、拳銃を発砲した。女性の頭が撃ち抜かれる。彼女はコメカミから血を流し、そのまま絶命した。

 しかし、意志を持った沼はその動きを止めることはない。イチロー兄さんは完全に沈み、俺も嵌っていく。すでに泥の中、首まで。


「まさか、死後強まる能力だというのか」


 俺は沼で溺れかけながらそう呟く。

 すると、モモちゃんが札を取り出し、呪文を唱えた。


「沼は水気なり。水気は土気によって堰き止めん」


 札は土に変換し、沼を覆っていく。沼の意志はその動きを止めた。そして、俺たちはさらに地面に埋められる。


「あぁん、もう! 木気のスコップで掘り出さなきゃ!」


 埋まりながらも、モモちゃんの声が聞こえてきていた。


   ◇   ◇   ◇


 その沼地は気仙沼にほど近い場所だった。気仙沼の近くで沼使いと戦ったということか。

 うん、いや、全然上手くはないな。


「ゴロー、ダジャレは犯罪だぞ。気を付けないと、司法が動くことになる」


 いや、だから、全然掛かってなかったから。

 とはいえ、気を付けなくては。俺は周囲の様子を眺め、気づいたものがいないこととを確認して、ホッと一息つく。


「そんなことより、海鮮食べようよ。マグロ、カツオ、秋刀魚♪」


 モモちゃんが上機嫌で歩いていた。


「ふかひれスープも外せないな」


 イチロー兄さんが眼鏡を直す仕草をしながら、その眼鏡を光らせる。


「ウニとかホヤとか、珍味系も美味しいんですよね」


 そんな時だった。一匹のがんがイチロー兄さんの下へ降りてくる。その足には手紙が括られていた。


「なんだ? ふむ、これはサブローからだな」


 サブローさんが緊急の連絡として、宮城県の鳥である雁を鳴らし、伝書鳥として利用したようだ。一体、どんな連絡なのだろうか。


「宮城県と山形県で戦争が勃発したようだ。これは岩手に渡っている場合ではないようだな。

 行くぞ、両県あわせて東京都が併呑するのだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る