第二市 ずんだ餅30個、牛タン定食10人前、鮭イクラ弁当10個

 バババっ


 さまざまなものが襲い掛かってきていた。

 まだ本体とやらを倒せていないゆえなのだろうか。


 巨大な舌が纏わりついてくる。俺はその舌を斬り落とした。


「これは牛タンなのか……」


 白い楕円状のものが高速で飛び掛かってくる。それをイチロー兄さんが拳銃を抜き放ち、撃ち落とした。


「笹カマだな」


 焼き鮭にイクラをたっぷりと乗せた弁当が迫りくる。それを巧みなナイフさばきで、モモちゃんがなます切りにする。


「えと、こういうのって、はらこめしっていうんだっけ?」


 さらに、緑色のぶつぶつが覆いかぶさった餅状の生物が襲いかかってきた。


「ずんだ餅とは、すりつぶした枝豆を餡として用いた郷土菓子なのだ。とても腹持ちがいいので、30個も食べられれば、喰いしん坊として威張れるのだ」


 少年のような甲高い声色を響かせながらも、ずんだ餅が近づいてくる。

 それをイチロー兄さんが万年筆から放った光線で焼き払った。


「このままでは切りがない。やはり、どれも『動く』『襲う』といった文字が書かれているな。これを書いた本体がいるはず。それを叩かなくてはならないだろう」


 そうは言うけれど、どうやって見つけるというのだろう。

 敵は次から次へと湧いてきている。とても、そんな奴を見つける時間はなかった。


「こいつらは私とゴローで相手をする。モモ、お前が本体を見つけ、再起不能リタイアにしろ」


 それを聞いて、モモちゃんが頷く。そして、この場から去っていった。


 こうなると、大変なのはこちらだ。まだ、敵は迫ってきている。

 半月状の萩の月の光線攻撃。揚げ饅頭が油に満ちた餡子を放つ。こけしがその頭を武器に俺たちに襲い掛かる。

 それらを刀でいなし、蹴りで遠ざけ、それでも抑え切れない攻撃に傷ついていった。


「兄さん、金陀美具足きんだみぐそくで一網打尽にできないかな!?」


 俺は悲痛な叫びを上げる。それをイチロー兄さんは否定した。


「あれはもう動かん。宮城県ここまで来るのにほとんどの燃料を使い切っている」


 こうなると、もはやモモちゃんに託すしかない。

 モモちゃんは……、モモちゃんは敵を見つけてくれているのだろうか。


   ◇   ◇   ◇


 ショッピングモールをひたすらにモモちゃんが走っていた。本体を探しているのだろう。

 それを尻目に、俺はひたすら群がるものどもを斬り伏せていく。


 赤、黄、橙のカラフルな色のパプリカが襲いかかってくる。タイミングを合わせてどうにか三体を切り裂くことができた。


「パプリカって宮城県の特産だったっけ」


 だが、さらに迫りくるものがある。それはモモちゃんだった。


「そこぉーッ!」


 え? なんなんだ? 何をしようというのか。


 モモちゃんがナイフを取り出し、突き立てたのは伊達政宗像だ。さらにそれを木槌で叩きつける。

 ピキピキっと音を立て、石像は崩れた。そして、その中に入っている者がいた。


「アハーハーッ、ヨークゾ、気づきましたね」


 そのものは見つかったとわかると急に大笑いを始める。そして、つかつかと私たちに向かって歩いてきた。

 それは、金髪碧眼にして、その頭髪の頭頂部がツルッパゲている人物であった。カーキ色のローブに身を包んでいる。


 まさか、本体は最初からこの場にいたというのか。

 確かに、本体が近くにいればそれだけ強い力を使える。超能力サイキックというのはそういうルールのはず。

 だから、モモちゃんは周囲を走り回り、その影響の一番濃い場所を見つけたのだ。


 だが、見破られたというのに、本体は不敵に笑うばかりだった。


「名乗っておきましょう。私は宮城県民フランシスコ会宣教師福者ふくしゃルイス・ソテロと申しマース。

 我が祖国スペイン帝国の繁栄のため、東京都の侵略から戦わせてもらいマースよ」


 スペイン帝国? 聞いたこともない名前だ。

 そんな話しをしながらも、ルイスの腕が動いていた。その手にあるのは筆だ。ドリップショットのように墨が打ち出される。

 俺も兄さんも言葉の意味や裏を読み取ろうと、神経を集中させていた。しかし、言葉には意味がなかったのだろう。その裏を突かれ、いつの間にか俺とイチロー兄さんに文字がつづられている。その文字は『動かない』。

 その言葉通りに、俺もイチロー兄さんも微動だにできなくなっていた。


「これコーソ、大槻おおつき盤渓ばんけい殿より伝授された生き字引の業デース。言葉には言霊宿ってマース。それを物体を媒体にして再現するのが私の能力なのデース」


 動けるのはもうモモちゃんだけだ。だが、モモちゃんは札を発動させ、自分の周りに水を発生させている。彼女に生き字引の業は通用しない。

 だが、ルイスの余裕は崩れない。


「直接、命じるだけが言葉の使い道じゃないネー」


 なんとルイスは地面に文字を書く。それは『地盤沈下』。

 地面が崩れていった。それを知っているルイスは難なくその場から去っていく。


「そう来るのね。でもこんな手もあるのよ」


 そう言うと、モモちゃんは札を手にし、呪文を唱える。


「地面は土気。土気は火気より生まれしもの。火気を持って堅牢なる台地とせん」


 札から湧き上がった炎が地面を燃え上がらせると、崩れようとしていた地面を瞬く間に固めてしまった。そして、モモちゃんは一気にダッシュし、ナイフを片手に、ルイスの首を斬り落とす。


 ブシャアァっ


 首のなくなったルイスはジタバタとした動きを見せるが、やがて力を失い、地面に伏した。周囲には血が撒き散らされている。


 血を避けるようにして、モモちゃんは俺たちに近づき、水を用いて『動かない』と書かれた墨を消してくれる。


「時間を取られました。さあ、先を急ぎましょうか」

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