第三市 白虎隊

 なぜこの福島に白虎びゃっこがいるのか。白虎は俺に目を向けていたが、すぐに興味をなくしたように顔をそむける。白虎はひとつの場所を目指しているようだった。

 えと、あれは何だったか。若松わかまつ城じゃなくて会津あいづ城じゃなくて、鶴ヶつるが城だ。真っ白な天守閣が印象的な城郭である。


「それ、どれもだいたいあってるけどね」


 モモちゃんのツッコミが背後から聞こえてきた。

 しかし、なんだって白虎が鶴ヶ城に行くんだろうか。


「白虎隊。かつての会津藩の予備兵力だった部隊があるのよ。もしかしたら、それが関係あるかも」


 全国観光ガイドをめくりながら、モモちゃんが答えてくれる。


「それだ!」


 思わず首肯したものの、白虎隊がどんなものか、俺は知らなかった。

 何か暴れ回る理由があるのだろうか。


「白虎隊って予備軍だって言ったけど、会津の部隊って年齢別で分かれていたの。玄武隊は隠居したおじいさんたち、青龍隊はおじさんたち、朱雀隊は青年。それで、白虎隊はそれにも満たない少年たちの部隊だったんだ。

 当然、主力は青龍隊と朱雀隊。玄武隊も白虎隊も本来は戦うはずではなかった」


 モモちゃんが話し始めた。


「ところが戊辰戦争ぼしんせんそうが勃発し、福島県はたちまち追い詰められてしまう。白虎隊にも出陣の機械が巡ってきたのよ。

 白虎隊は福島県の殿様を守って奮戦した。けど、戦力も装備も敵が上回っていて、勢いも相手にあったんだ。とても勝てる戦いではなく、白虎隊は負傷者を抱えながら撤退した。

 そして、虜囚の辱めを受けることをよしとせず、全員が自刃したって」


 それは悲劇であった。勝敗は兵家の常とは言うが、若年の身でその選択を迫られるのは悲劇というほかない。


「だとしたら、その悲劇が怨念となって暴れているというわけか」


 止めなくてはいけない。悲劇は繰り返すものじゃないんだ。

 俺は会津若松に向けて駆けだす。


    ◇   ◇   ◇


 走った。ひたすらに走った。

 周囲には、瓦礫の街が広がっている。そこかしこにシェルターが立ち並び、生存者たちはそこで暮らしていた。

 その中でただ一つ佇むのが、純白の鶴ヶ城だ。これだけの被害がありながらも、鶴ヶ城だけはその美しさを保っている。


 鶴ヶ城の美しさは苦しみ続ける人々の希望だ。そこを破壊はさせない。


 俺は鶴ヶ城の前に立ち、白虎の行く手を遮った。それに対し、白虎が吠える。威嚇で俺を退かせようというのだろうか。


 グガァァァァアアアァァァァっ


 その雄叫びが俺に向けて吐かれる。その音波が俺の身体を巡った。

 すると、奇妙なことが起きる。言葉では言いしようがないが、全身に奇妙な感覚が走った。そして、次の瞬間には記憶が途切れる。


    ◇   ◇   ◇


 ここはどこだろうか。

 山間部のようであるが、町からそこまで離れていないように思える。市街の様子も見て取れた。真っ白な鶴ヶ城も望めている。

 だが、周囲には若い侍たちがいた。いや、若いなんてものじゃない。幼いといっていい。少年だ。


「これは、白虎隊のようじゃないか」


 思わず、言葉が漏れていた。

 その瞬間、少年たちの視線が一斉に俺に向けられる。


「貴様、山口県、鹿児島県の手のものか!」


 リーダー格と思しき少年が吠えた。思わずビクッとなるが、動揺を悟られるのは危ない。

 ここは堂々と対するべきだ。


「俺は東京都民のゴロー。君たちの助けになればと思って、やってきたんだ」


 そういうと、少年たちがざわめく。

 そして、リーダーの少年が言葉を発した。


「東京都の侍はすでに敗北しています。だというのに、ここに来るということは落ち延びた侍だということでしょうか。

 感情としては複雑ですが、助力には感謝いたします」


 そうだった。この時分ではすでに東京都は敗北していたのだ。

 いや、思い返すと、敗北したのはEDOであって、東京都ではないのだが、そんな違いは認識されないらしい。

 ともあれ、敗北後の東京都士族が救援に現れたと思ってもらえたらしいです。


「これから、どうするんだ。まだ希望はあるだろ。鶴ヶ城で籠城してもいいし、敢えて南下してもいいと思っている」


 俺がそう言うと、少年たちの表情が硬直した。笑顔がなくなった。


「わかっています。もう勝利の目がないことを。ここにいるものも、ほとんどが負傷しています。どこへ行っても、戦いにすらならない。

 だから、私たちはもう死ぬしかないと考えているのです」


 その言葉は悲痛であった。次第に声が涙ぐみ、最後には嗚咽のような響きに変わる。


「皆にはもっと早く伝えるべきでした。ですが、東京都民の援軍に会い、ようやく運命を直視するに到った。

 皆には申し訳なく思っている」


 リーダーの少年は項垂れるようにそう語った。

 その言葉をさらに若い、いや幼い侍が遮る。


日向ひゅうがさんは悪くないです。全部、山口県と鹿児島県の鬼畜どもが悪いんですよ。俺たちは悪くはないだ……」


 威勢のいい言葉が尻しぼみになった。自らの敗北を見据えて、気分が落ちてきたのだろう。

 それに対して、日向と呼ばれた少年が言葉を返す。


貞吉さだきち、責任は指導者にある。全ては私の責任と思ってほしい。怨むなら私を怨め」


 日向は一息飲むと、さらに声を上げる。


「皆よ、介錯もできぬ私を怨むなら怨め。自らの首を斬り、自らを果たさせよ。

 それこそが会津士魂を安んずる道である。我ら会津の侍たる姿をこの東京都民に見せるのだ」


 その言葉が引き金となった。少年たちは次々に自分の首を斬り、そして死んでいく。

 俺にはわけがわからなかった。思わず声を上げる。


「そんな! 死ぬことなんてないじゃんか! 生きていれば、どうとでもなる。お前たちには生きる権利があるんだよ!」


 そんな言葉は虚しく響くばかりだった。

 少年たちはその間にも次々に死んでいく。


 そんな中、ひとりの少年だけが震えたまま、残っていた。

 それは貞吉と呼ばれた幼い少年だった。


「君はこのまま生き延びるのかい」


 貞吉の目を見て問いかける。すると、貞吉は頭を横に震わせた。


おらは悔しい。死ぬべき時に死ぬこともできないだ」


 そう言って涙を流した。貞吉の心境を俺は痛いほどにわかる。俺は恐怖に弱い。俺も死ぬべき時に生にしがみつくのだろう。


「貞吉、俺の喉を突けよ。俺も時を合わせて、お前の喉を突くよ」


 気がつくと、俺はそう言っていた。

 貞吉は泣きながらも、震えるように刀に手をかける。


「いいべか。おらはお前を殺す。お前もおらを殺すんだで」


 その剣先は俺の喉をしっかりと狙っている。それだけで貞吉が鍛錬を重ねてこの場にいることが見て取れた。


「いいよ。俺はそのためにここに来たんだと思う」


 俺もまた刀を抜き、貞吉の喉を目掛けて構えた。


「行くぞ」


 二人の剣が交差した。肉を切り裂く感触と、それと同時に血液が飛び出る。次の瞬間、二人とも倒れた。

 だが、俺はいまだ迷っている。貞吉の命を奪うことが正しいことなのかを。そのせいか、剣筋が乱れていたが、貞吉の首を斬り、血を流させる。貞吉は血まみれとなり、倒れていた。


 そして、俺は。

 貞吉の腕は確かだった。俺の喉は突かれ、完全に塞がれた。血が流れる。

 俺の胃の中にも肺の中にも血が流れてきていた。腹にも胸にも血が満ちるのを感じながら、身体から生気が失われた。


 俺は死んだのだ。


   ◇   ◇   ◇


 目を覚ます。目の前には白虎がいた。

 すでに破壊意思を失っており、大人しくなっている。


「死んだはずじゃなかったのか」


 俺は死んだつもりだった。だというのに、傷一つついていないのだ。これはどういうことなのだろう。


「死んだ人間になったな。見事だ。これぞ、東京都民というべきだろう」


 イチロー兄さんの声が聞こえた。彼は白虎の頭に乗り、その頭を撫でている。

 だが、その様子を見ても、何が起きたのかはわからない。

 そんな俺に、モモちゃんが話しかけてきた。


「たぶん、白虎は自分の気持ちをわかってくれる人を探していたんじゃないかな。悲しみを理解してくれる人をさ。それこそ、自分と死んでくれるぐらいの人を。ゴロちゃんはそれをやったんだよ」


 そんなことを言われても、そんな気はしない。俺は思ったことをやっただけだ。

 それよりも貞吉を殺めてしまったことが気にかかった。


「おっと、それは知らんか。貞吉は喉を斬ったが、生き延びているぞ。白虎隊の最期を伝えたのは貞吉だからな」


 まさか、そうだったのか。俺の迷いのこもった剣が人を生かしたなら、それは喜ぶべきことかもしれない。

 いや、元々そういう歴史だったから、俺は貞吉とああいうことになったのだろうか。だが、歴史を変えて、貞吉の生きている時代に戻ってきた。そんな感覚もある。


 答えはわからない。でも、貞吉が生きていることが俺には嬉しかった。


「ねえ、ゴロちゃん、これ食べない? まあまどおる。人形型の小麦の皮の中に白餡が入っているのよ。美味しいんだから」


 そう言って、モモちゃんがお菓子を進めてくる。

 それに対し、イチロー兄さんは饅頭を差し出してきた。


「私はこの薄皮饅頭が好きだな。皮の薄さで、あんこの美味しさが際立っているんだ」


 俺が勧められた菓子を食べていると、朱色の鳥が俺たちに迫ってくる。

 これは何の鳥だ?


「我々は福島に認められたようだ。朱雀が運んでくれるようだ。次の行き先は宮城かな」


 そういうイチロー兄さんは真っ先に朱雀に乗り込む。次いで、モモちゃんも。

 俺は二人に置いていかれないように、朱雀を追いかけた。

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