第二市 福島宇宙センター

「うわぁ、龍が来る!」


 慌てる俺の肩にイチロー兄さんが優しく肩を置く。


「落ち着くんだ、あれは龍じゃない」


 その言葉通りに気持ちを落ち着けると、それは竜巻であることが分かった。いや、それだけではない。津波が迫っている。地震もまだ止まってはいなかった。

 龍ではなかったが、とても平静でいられる状況ではない。


「見ろ。龍はいる。だが、遥か上空だ。成層圏の外かもしれんな。そこにいる奴がこの嵐を起こしているものの正体だろう。

 それにこの地震。これもまた原因があるはず」


 確かに、上空を見ると、龍がいる。遥か彼方にいるようにも思えるが、間近にも見えた。

 これは神に近い存在なのかもしれない。


「私は地中マントルを行く。地震の原因を探り、対処しよう。

 ゴロー、モモ、君たちは宇宙そらを行くのだ。あの龍をどうにかしてくれ」


 いやいや、何を言っているんだ。宇宙にいる龍をどうにかなんてできるはずもない。だいいち、どうやって宇宙まで行けというんだ。


「方法は自分たちでどうにかしてくれ。こっちはこっちでどうにかする」


 完全に丸投げだ。とはいえ、イチロー兄さんも地中へなんてどうするつもりなんだ。

 そう思っていると、モモちゃんが全国観光ガイドをパラパラとめくった。


「それらしき情報がありました。

 福島市の飯野町地区には奇妙な噂があるようです。なんでも、宇宙から現れた飛行物体が多発していると。いわゆるUFOの目撃情報ですね。そのため、この地区はUFOの里と呼ばれているそうです。日本のロズウェルというべき場所でしょう。

 これはひょっとすると、宇宙へ渡る手段があるのでは……!」


 イチロー兄さんはすでに颯爽とどこぞへと消えたにも関わらず、モモちゃんは秘書然とした口調のまま語った。イチロー兄さんの命令で調べていたからだろうか。


「でも、UFOなんて、未確認だからこそ、UFO未確認飛行物体なわけでしょ。そんなものすぐに見つけられるわけが……」


 困惑しながらも、俺はモモちゃんに疑問を呈した。

 すると、モモちゃんはにやっと笑いながら答える。


「大丈夫よ、ゴロちゃん。福島にも宇宙センターはあるのよ。

 そこに行けば、宇宙人の情報なんて、すぐにわかるはずよ」


 宇宙センター? うーん、そんなものが。

 でも、UFOふれあい館みたいな施設でなくていいのだろうか。UFOのUの字もないじゃないか。


「そんなこと言わないの。さあ、行くよ」


    ◇   ◇   ◇


 福島宇宙センターは普通の家屋のようなシェルターであった。こんなごく普通の場所にUFOがくるのだというのだろうか。

 意外なことに、福島宇宙センターを訪れた私たちを職員である福島県民ミュータントたちは温かく迎えてくれた。彼らは皆、ネジや鉄板、ガラス片などで強引に生きながらえた姿であった。


「だから! そうなんない。この辺りはUFOが多いべして」


 職員のおばちゃんが言った。それに、職員のお姉さんが同調する。


「はぁ〜、知ってる。私の友達も見たって言ってたんない。なんか、呼び出す方法があるんだって」


 なんと、そこまで周知の事実であったか。それなら話が早い。

 UFOを呼び出す方法も知っているんじゃないだろうか。


「あのね、ゴロちゃん、そんな短絡的に物事が進むはずがないでしょ」


 モモちゃんが苦言を呈しかけたが、それを職員のおばちゃんが制した。


「あるんだべ」


 おばちゃんが何やら機械を出してきた。二本のアンテナが立ち、その周囲にコイルが巻かれている。

 未知との遭遇を人為的に起こす機械らしいが、こんなものでUFOを呼び出せるのだろうか。


「あ、あるんだ……。じゃあ、やってみようか」


 ごちゃごちゃに周波数をいじると、奇怪なノイズが発せられる。本当にこんなので効果があるのだろうか。

 そう思っていると、家屋の窓という窓に光が溢れてくる。何かが来ていた。


「な、なんだ」


 俺たちが外へ出ると、そこには銀色に輝く円盤が風圧を起こしながら近づいてきていた。これが宇宙人の乗るUFOなのだろうか。


――呼ビ出シタノハ、君タチカ


 頭の中に言葉が響いた。キンキンとした金属音のような音声だ。

 まさしく、宇宙人の呼び声というべきものだった。


――そうだ、君たちを呼び出した。

 俺たちは成層圏の間近に巣くっている龍を退治しなきゃいけない。そのために君たちの乗るUFOの力を借りたいのだ。

 どうだ、力を貸してくれないだろうか。


 彼らと同じようにテレパシーで返した。


「あららら、東京都のお人は宇宙人とお話しできるんない」


 職員のおばさんが驚いた声を出す。それをモモちゃんが否定した。


「いえ、普通はこんなことできないんですよ。なんていうか、ゴロちゃんは規格外なんで」


 意味はよくわからないが、褒めているのか貶しているの微妙なところだった。

 とはいえ、ここは宇宙人と交渉して、どうにかUFOを貸してもらわなくては。


――この世界の危機が迫っている。君たちにとっても悪い話ではないはず。我々とともに龍退治を手伝ってくれ。


 誠意を込めて語り掛ける。だが、宇宙人たちの返事は芳しくない。


――君タチノ世界ガドウナロウト私タチニ影響ハナイ。何ノ見返リモナク行動ハデキナイ。バカリカ、ココニ来タ燃料モ無駄ニナル。貴重ナスコヴィル値7,500モノ燃料ガネ


 その数値の単位には聞き覚えがあった。ということは、地球にあるものだ。


――その燃料なら俺たちが返せるよ。地球では量産されているんだ。


 そう言うと、宇宙人は驚愕で返す。


――マサカ、アノエネルギーガ量産サレヨウトハ。コレハ収穫ダ。ナラバ、君タチノ世界、コノ地球ヲ守ラナクテハナラナイ


 どうにか説得ができた。

 けど、スコヴィル値ってなんだっけ。それさえ、あれば宇宙人は協力してくれるし、宇宙人にとって貴重な物資も調達できるようだけど。


「スコヴィル値って唐辛子の辛さの値よ。7,500っていったら辛ラーメンの2倍の値よ」


 モモちゃんが教えてくれる。それなら簡単にどうにかなるだろう。 

 俺たちは宇宙人を説得することに成功した。


    ◇   ◇   ◇


 空飛ぶ円盤に乗り、成層圏突破を目指した。大抵のYouTuberなら諦めてしまうほどの難関だ。

 だが、俺たちにはUFOがある。これにより、いとも容易く真空の世界へと飛び出した。


「龍がいるよ! それで、どうするんだっけ!?」


 俺には何のプランもなかった。宇宙にさえ出れば、それで龍をなんとかできると思っていたのだ。

 しかし、そんなわけはない。戦う手段も考えておかなくてはいけなかったんだ。


「なにそれ、しっかりしてよ、ゴロちゃん」


 モモちゃんは呆れたように呟くと、UFOの扉を開き、宇宙に飛び出た。宇宙服ノーマルスーツを着なくて大丈夫なのか?


「少しならね」


 そう言うと、モモちゃんは指で印を結ぶ。その手の動きによってチャクラを生み出しているのだろう。

 そして、しばらくすると、UFOの中に戻ってきた。


 何をやったというのだろうか。


「気の流れを変えたの。龍は気を餌としてる。だから、ちょっとしたことが起こるよ」


 その説明では何もわからない。けれど、しばらくして変化が起きた。

 龍が自らの尻尾に噛みついたのだ。気の流れを変えて、自分自身を餌だと思うように変えたということだろうか。


「えへへー、そうなのよ」


 モモちゃんが肯定する。

 果たして、龍はそのまま自らを噛み砕き、消化していく。その果てにあるものは何だというのか――。

 消滅だった。龍は自らを喰らい、消化しきったのだ。


「うん、これでイチローさんのミッション、達成だね」


 その言葉とともに、私たちは地上へと戻された。


    ◇   ◇   ◇


 地上では嵐は止み、地震は止まっていた。

 イチロー兄さんも成功したんだ。


 けれど、事はそれで収まったわけではないようだ。

 福島県中を白い虎が暴れ回っているのだ。福島県に僅かに残されたシェルターもその暴虐によって破壊されている。


「こんな無茶は許せない」


 俺はいきり立った。

 けど、待てよ。福島の現在の惨状はこの虎の仕業じゃないだろうか。だとしたら、俺に敵うような存在じゃない。


 しかし、俺の声に反応したのか、白虎は俺に目を向け、唸り声を上げる。俺を殺そうというのだろうか。


 こ、怖い。声を上げるんではなかった。

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