第八県 壊滅都市、福島

第一市 喜多方ラーメン

 福島県はすでに壊滅していた。街は瓦礫と化し、生けるものは何もいない。


「それはそれとして、腹ごしらえをしようじゃないか」


 こんな状況で、イチロー兄さんはそんなことを言う。一体、このような場所でどんなものを食べようというのだろう。


「ゴロー、覚えておくがいい。生けるものを外的なパワーで滅ぼすことなどできぬ。大自然のエネルギーだろうと、人間のエゴによって生まれた破壊兵器だろうとな。

 滅びることがあるとすれば、それは生きる意志を失った時だ。

 つまり、この都市は一見壊滅したように見えるかもしれないが、決して死んではいないのだ。

 そうだな、モモ?」


 言葉の最後にモモちゃんに目を向ける。すると、彼女は全国観光ガイドを開き、パラパラとめくった。


「この辺りだと、喜多方きたかたがよいでしょうか。喜多方は山の伏流や渓流が流れる中で作られた街であり、小麦や酒、味噌、醤油といった特産物がありました。それがラーメンと親和して、喜多方ならではのラーメンが発展したようです」


 モモちゃんが説明する。

 ラーメンか。ラーメンといえば東京都発祥の食べ物であるが、まさかこんなド田舎の福島にまで伝わっているという。なんだか不思議な感覚だ。


「東京都のラーメンを福島県民がどうアレンジしたのか、これは楽しみだな」


 そうこう言いながら歩いていると、やがて集落が見え始める。蔵の集まりのようでもあった。いや、あれはシェルターというべきか。

 それこそが喜多方ラーメン屋であった。喜多方はラーメン屋のシェルターによって構成された街なのだ。


    ◇   ◇   ◇


「おう、こらっせ」


 福島県民ラーメン屋のオヤジが挨拶してきた。

 その頭にはネジが突き出ており、いくつかの鉄板で皮膚が補強されているのがわかる。福島では医者が足りず、無理やりに修復した痕跡であろう。

 見ると、周囲の人々も機械部品に四肢が入れ替わっていたり、別の生物の肉体に入れ替わっているものが存在する。福島の人々はこんな状況にあっても、逞しく生きているのだ。


「ラーメンを頼もう。ここでは中華そばか」


 畳の部屋に通されると、オヤジに中華そばを頼む。しばらくして、中華そば三人前が出される。

 醤油味の中華そばは透明感のある褐色をしていた。チャーシューが満遍なく敷かれているのが豪勢だ。ほかの具材はネギとメンマか。ちぢれた太麺も特徴だろう。


 ズルルっ


「これは美味いな。醤油ラーメンらしい、醤油ラーメンだ。東京ラーメンへのリスペクトがある」


 確かに醤油味が印象的だった。透き通った味わいで、雑味もなく、ただ純粋に醤油と煮干し出汁の味わいに集中できる。ちぢれた太麺であるというのも、そのスープをしっかりと味わうのに適したものなのだろう。


「チャーシューもすっごく美味しい。トロトロで柔らかくて、食べ応えもあって、でもラーメンとちゃんと一体になってる。これ、東京ラーメンの固いチャーシューより好きかも」


 確かに柔らかいチャーシューは食べやすく満足感もある。量が多いのも嬉しい。

 メンマのコリコリ感もいいアクセントになっているし、長ネギの鮮烈な切れ味も爽やかさを齎してくれていた。

 実に完成度の高いラーメンだ。


「それもそのはずですね。喜多方ラーメンはご当地ラーメンと呼ばれるものの中でも原初の存在なんです。ほかには、札幌味噌ラーメンと博多豚骨ラーメンがあって、三大ご当地ラーメンと呼ばれることもあります。

 でも、醤油ラーメンで東京ラーメンとは一線を画したラーメンとして完成されている。これはすごいことよね。」


 納得のできるモモちゃんの解説。そう思っていると、異変が起きた。

 大地が揺れ、天からは嵐が巻き起こり、雷が落ちる。


 ズドドドドドドド


「な、なに!? 一体何が起きているんだ」


 思わず声を上ずらせながら、叫び声を上げてしまった。

 それに対し、イチロー兄さんが空を指し示す。その先を見ると、青い龍が身体をうねらせながら、こちらに向かっているようだった。

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