第二市 侵犯

「へっへっへっ、こいつらかい、東京都民とかいうのは! 東京なんて、もはや徳川の血脈も絶えた田舎に過ぎねぇ。おいら、茨城の天狗に取っちゃあ、敵じゃあねーぜ」


 一際目立つ、ニヤニヤした風体の天狗ヤンキーが現れた。しかし、その目は冷めており、一切の笑みを感じさせない。

 ほかの茨城県民ヤンキーたちと同じようにリーゼントで前髪が固められているが、ほかの誰よりも突出した長さである。目につくのはそれだけではない。一際目に付くのは肩に寄りかからせた巨大な太刀だ。斬馬刀ざんばとうというべき刀なのだろうが、何メートルなんてもんじゃない。十数メートルほどもある異様な刀だった。

 あんなもの、扱えるというのか。


「油断をするなよ、芹沢芹沢。奴ら、奇妙な業を使う。吾輩も何度となく煮え湯を飲ませられたのだ」


 これはムリョーだ。幾度となく遭遇した神奈川県民異人である。郷に入らば郷に入るというわけなのか。今回はムリョーもリーゼントで頭を固めていた。


「ふん。あんたほどの男がそう言うのか。おらが剣術は奴らは見たことないだろ。とくと見よ」


 芹沢の言葉を受けて、周囲の茨城県民珍走団たちが湧き立つ。「かも!」「鴨!」と歓声が響いた。

 この男は芹沢鴨せりざわかもというのか。


 芹沢鴨がその長い刀を抜く。いや、刀を抜く動作がそのまま攻撃に変わった。

 来る。この攻撃の本質は――、


「大縄跳び!」


 俺は跳んだ。イチロー兄さんも、モモちゃんも、ムリョーも、珍走団天狗党も、皆が一斉に地面を蹴り、その攻撃を避ける。


 ビュンっ


 全員が生き残った。


「やるじゃねぇの」


 芹沢鴨が驚いたような表情を見せる。だが、次の攻撃が始まる。


「また、来るぞ!」


 ビュンっビュンっビュンっ


 皆が避ける。何度目かの攻撃で脱落者が出た。けれど、俺もイチロー兄さんもモモちゃんも無事だ。

 だが、急に攻撃が変わる。横に来ていた斬撃が縦に変化した。剣先が上空に上がっていた。


 どこだ? どこに降りてくる?

 俺はその攻撃の動きを見極めようと、刀の動きに集中した。


「バカめ、本体を狙えばいい」


 パァンっ


 イチロー兄さんが拳銃を放つ。だが、それを芹沢鴨は頭で弾いた。リーゼントで隠れていたが、その頭にははちがねが巻かれている。その鉢がねで銃弾を弾いたのだ。

 しかし、その隙を逃さず、イチロー兄さんは芹沢鴨のふところに潜り込む。その拳にはメリケンサックが握られていた。拳は芹沢鴨の頬に撃ち込まれる。


「あらよっと」


 芹沢鴨はその瞬間に大太刀を放り投げて、イチロー兄さんの攻撃に対応した。

 巨大な刀が降ってくる。俺は、モモちゃんは、ムリョーは、茨城県民天狗党たちは大慌てで刀から逃げた。だが、何人かがその下敷きになり、そのまま四肢を分断された。


 芹沢鴨はイチロー兄さんの正拳をかわすと、そのままイチロー兄さんの顔面へとジャブを放つ。イチロー兄さんは腕を固めてガード。だが、その隙に芹沢鴨はイチロー兄さんの背後へと回り込む。しかし、それをイチロー兄さんは読んでいた。後ろ回し蹴りを芹沢鴨に叩き込む。芹沢鴨はそれを両腕でガード。


 一進一退の攻防であった。なかなか、どうして、芹沢鴨という男は只者ではない。茨城県民にも関わらず、エリート東京都民のイチロー兄さんに一歩も引けを取ってはいないのだ。

 その戦いは千日手に陥ったようにすら思えた。


「そこまでだ。皆のもの、控えおろう!」


 突如として声が響いた。若い男の声だったが、その言葉には聞き入れなければならないと思える強制力があった。

 その声の主を見る。そこには一人の老人と二人の若い侍がいた。そして、侍の一人はあおい御紋ごもんが刻まれた印籠いんろうを掲げている。


「あれはまさか徳川光圀とくがわみつくに。いえ、水戸みと黄門こうもんです。

 全国を行脚あんぎゃして世直しをしているということが東京都民にも知れ渡っている存在ですが、その本拠地はその名の通り水戸。つまり、茨城県です」


    ◇   ◇   ◇


――ハハアァァ


 茨城県民たちがひれ伏していた。俺も、イチロー兄さんも、モモちゃんも、ひれ伏している。


「な、なんだぁ、あんなチンケなじいさんと貧相な若い奴らは。あんなの蹴散らせばいいだろ」


 一人、神奈川県民ムリョーだけが立ち尽くしていた。

 それに気づいた芹沢鴨は不意に立ち上がり、ムリョーの頭を押さえて、無理やりひれ伏させた。


「バカ! お約束ってもんをわかってねぇのか」


 やがて、黄門様が口を開く。


「いかに虚無を恐れようと、茨城を割っていくさを始めようなど言語道断。私が戻ったのだ。これから力を合わせて虚無を平定していこうぞ」


 その言葉に皆、うやうやしく首を垂れていた。

 だが、一人だけ、その頭を上げたものがある。


「ご老公、その件ですが、我ら東京都の預かりにはしていただけないでしょうか」


 堂々とした物言いであったが、不遜でもあった。水戸黄門の眉が動く。


「まずは名を名乗ったらどうだ。その方、何者だ」


 若い侍の一人が口を開いた。


「これは失礼。私は東京都民のイチローと申すもの。この場でご老公に勝負を申し出でたい」

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