第四市 東照大権現

 迷宮のような道をモモちゃんとともに進む。イチロー兄さんであれば、GPSとサーモグラフィー、ソナーを駆使して、正しい道を見極めるのだろうが、俺たちではそんな器用な道具は持ち合わせていない。

 とはいえ、モモちゃんには全国観光ガイドブックがある。それに日光東照宮の詳細なMAPが記されていた。有名観光地だからだろう。


栃木県民たちは大権現って言ってたよね。だったら、行くのは本殿ではなく、奥宮のはず」


 モモちゃんが地図を見ながら案内してくれる。


「猫が寝てるから、こっち!」


 はあ? 猫が目印になんてなるのか。いや、今はモモちゃんを信じよう。

 迷路のように壁が連なる場所を越え、森のような道を行った。すると、巨大な門が見える。その奥には巨大な建築物があった。それが墓であることは俺にもわかった。


「あれこそ、東照大権現、徳川家康公の墓です」


 何だって?! ということは、まさか栃木県民たちの言う『大権現様』というのは?


「まさに、徳川家康公その人……ということでしょうか」


 EDOの創設者、徳川家康だというのか。

 その死後よりすでも何百年が経っているというのに、まさかご本人が甦ったなんてことは……。


――その、まさかよ。


 家康公の墓から声が響いた。そんな、本当に徳川家康公だというのか。

 次の瞬間、墓から這い出るように、漆黒に輝く金属質のものが現れる。それは鎧、いや具足か。だが、それにしては巨大だった。まるでスーパーロボットのような大きさ。話に聞く戦国時代にはこんな武装がまかり通っていたいたというのか。


「これぞ、余の伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそく。あらゆる戦場を駆けた無敵の宝具よ」


 ガシャンっガシャンっ


 漆黒の巨大兵器が蠢き、金属的な音を鳴らして近づいてくる。しかし、俺たちに為す術があるはずもない。

 まさか、ここでこんな巨大戦力が現れるとは思っていなかったのだ。


「具足は金気なり。金気は火気の高熱をもって溶解せん」


 モモちゃんが呪文を唱えた。彼女が得意とする五行術だ。その右手に握られた札が変化し、閃光ビームとなって伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくを襲った。

 だが、家康公はそれを具足の右腕で受ける。僅かに外装が溶けただけで効果は薄いようだった。


「やはり、待てば良いことがあるものだ。東京都民が三人も現れるとはな。

 EDOの守護のためには東京都民の心臓が不可欠なのだ。お前らの心臓もいただくとしよう」


 まさか、イチロー兄さんは家康公に心臓を抜き取られてしまったのだろうか。いや、そんなはずはない。そうは思っても、家康公と対峙しているうちに自信が失われていく。


「ふふ、まだ生きているぞ。見せてやろうか」


 伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくの腹部が開いた。そこには何者かがいる。

 光が照らされた。そこにいたのは、神奈川県民異人のムリョーであった。俺たちを追って、こんなところにまで来ていたというのか。


「知ってましたけど、イチローさんじゃなかったね」


 モモちゃんが安堵の吐息を漏らした。その口調は、秘書としての彼女と俺の幼馴染としての彼女が混在している。


「じゃあ、こんなとこには用はないね。逃げよう」


 俺は早口でモモちゃんに伝える。しかし、その瞬間に周囲の金属の柱が乱立するように突き出てきて、俺たちの退路を塞いだ。

 家康公に勝てるはずがない。しかし、逃げ道もない。にっちもさっちもない状況に追いやられていた。


    ◇   ◇   ◇


 伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくの拳が握られる。


 ガツンっ


 拳が振り下ろされる。地面や建物が一気に崩れ、その衝撃により、俺たちは立っていることすらままならない。


「このものは紛い物異人であったか。ならば、お前たち東京都民を逃すわけにはいかんな」


 俺とモモちゃんはなんとか立ち上がる。だが、衝撃波によるダメージがあった。とても逃げることができそうにない。

 くそっ。やるしかないのか。

 俺は鬼切りの太刀を抜き、構える。しかし、巨大な伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくに太刀打ちできるほどの技の冴えなんて、俺の剣術にはない。悲愴な気持ちのまま、撃ち込もうとした。

 だが――。


 ガシーンっ


 金色に輝く巨大具足が現れ、伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくに組み付いていた。

 一体、誰が!? いや、こんないいタイミングで現れるのは、世界広しといえど、エリート東京都民を置いてほかにはいるまい。


「イチロー兄さんなんだね!」


 俺が声をかけると、金色の具足の顔が少しだけこちらに向き、目線を送る。


「ああ、栃木県民鬼怒川の鬼たちが東照宮より奪った金陀美具足きんだみぐそくを見つけてな。これに乗り、救援に来たというわけだ」


 イチロー兄さんの声が響いた。

 ということは、イチロー兄さんが鶴から降り立った場所って鬼怒川なのだろう。俺やモモちゃんは栃木県民おもちゃたちから鬼怒川を治めるように言われていたが、すでにイチロー兄さんが平定した後だったということか。


「その通り、鬼怒川はすでに東京都の傘下にある。そして、家康公、あなたを倒して、栃木県を制覇したとしよう」


 金陀美具足ごんだみぐそく伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくの腕を引き、地面へと叩きつける。ドスンっと地鳴りのような音が鳴り響いた。クリーンヒットだ。

 だが、伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくはすぐに立ち上がる。


「笑止。金陀美具足がんだみぐそくは余が若いころに用いた試作型プロトタイプに過ぎん。改良完成型グレードアップタイプ伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくに勝てるはずがない」


 その言葉とともに、伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくが拳を金色の具足へと向けた。


 パァンっ


 伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくから薬莢やっきょうが飛び出る。その勢いともに腕が伸び、拳が金陀美具足がんだみぐそくの顔面に命中する。金陀美具足がんだみぐそくはその姿勢を崩し、一気に後ろに退いた。


「機体の性能だけが戦いを決めるものではない。

 家康公、あなたは死後、この栃木の地を安住の地とした。それが失敗だ。俺は東京都で最新の具足の操縦技術を学んできた。その差をお見せしようではないか」


 ガチャンっガチャンっ


 金陀美具足がんだむぐそくがその腰の刀を抜いた。それに対し、伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくは地下からせり出てきた薙刀を手に取った。柄の両方に刃の付いている特殊な武器だ。

 家康公の操る具足はビュンビュンっと薙刀を旋回させると、金陀美具足がんだむぐそくを薙ぐ。


 シュンっ


 なんたる神業か。

 金陀美具足がんだむぐそくはそのタイミングを見計らい、宙に跳ぶと、僅かな時間を見計らって薙刀の柄に着地し、さらに跳んだ。そして、次の瞬間に伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくの胴を斬り裂いた。

 伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくは真っ二つになり、地に落ち、爆発する。爆発を背に、金陀美具足がんだむぐそくは刀を鞘に納めた。


「やった!」

「さすが、イチローさん!」


 俺とモモちゃんの歓声が響く。

 だが、本当に良かったのだろうか。伊予札黒糸威胴丸具足いよざねくろいとおどしどうまるぐそくの爆発とともに、日光東照宮が崩れ始めていた。

 日光は東京都の霊的守護地。それがなくなったとして、どうなってしまうのだろうか。


 ガシャンっガシャンっ


 金陀美具足きんだみぐそくが手のひらを差し出してくる。俺とモモちゃんに乗れというのだろう。


「過ぎてしまったことは仕方がない。東京都の守りについてはシローに連絡をしておく。奴ならば、どうにかするだろう」


 金陀美具足きんだみぐそくの胸部が開いて、イチロー兄さんがコクピットから出てくる。金陀美具足きんだみぐそくの上だというのに、何やら紙パックの飲み物を渡してきた。


「戦いのあとはレモン牛乳だ」


  牛乳のまろやかな味わい。その奥にほんのりとした甘酸っぱさがある。なんともいえない妙味のある飲み物だ。

 いや、そんな場合ではない。東京都が大ピンチなのではないか。

 しかし、俺の抗議を涼しい表情でかわすと、イチロー兄さんは宣言する。


「よし、このまま進むぞ。金陀美具足きんだみぐそくの燃料が尽きるころには茨城に辿り着けるはずだ」


 ガチャンっガチャンっ


 金陀美具足きんだみぐそくが歩き始めた。俺たちは手のひらの上である。

 めちゃくちゃ乗り心地が悪い。金陀美具足きんだみぐそくが地面を踏むたびにその手も揺れる。こんな調子で茨城に向かうのか。

 俺とモモちゃんにとっては、どうにか乗り心地のいい体勢を探る戦いが始まっていた。

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