第二市 次元転換都市、さいたま

 俺たちは埼玉の中心部まで辿り着く。その場所の地名は「さいたま」。


「なんだこれは?」


 イチロー兄さんの呻きのような声が聞こえた。さすがの彼も困惑している。


「なぜ、ひらがななんだ? 漢字を書くのも面倒になったのか。あるいは漢字を書くための時間がなかったか」


 深く考え込むように、眉間に皺を寄せてうつむき、腕を組んだ。

 しかし、考え込んでわかるものではない。エリート東京都民であるイチロー兄さんと県庁所在地をひらがなで記す埼玉県民とでは文化レベルが違いすぎるのだ。到底、イチロー兄さんでは埼玉県民の心は類推できないだろう。


「イチローさん、埼玉県民を探しましょう。そうしないと答えは出ませんよ」


 モモちゃんのナイスフォロー。イチロー兄さんはその指摘を受け、先へ進むことをにした。

 俺たちはさらに埼玉県の奥へと歩を進める。


「ここは春日部かすかべね。全国観光ガイドブックによれば、穏やかで豊かな街ということだけど。特徴といえるものは……、え、なにこれ?」


 モモちゃんは全国観光ガイドブックに何か違和感を覚えたようだが、その瞬間にぶつかるものがあった。そのせいで、全国観光ガイドブックが弾かれる。何者だろう、埼玉県民であろうか。


「ほほーい、こんなとこで立ちどまってちゃ危ないんだぞ」


 それは幼児であった。少し伸びた坊主頭の子供。だけど、違和感がある。これは人間なのか。

 幼児はモモちゃんの姿を見ると、顔を赤らめ、にんまりと笑う。


「ねえねえ、おねーさん、オレンジカリフラワービオリータ食べれる?」


 謎の質問だった。

「えっ? えっ?」とモモちゃんはただ困惑していた。

 だが、不思議なことにこの幼児を見る角度を変えると、たちまち姿が消える。角度を戻すと再び見えた。どうやら正面からでないと見えないらしい。


 角度を変えると、坊主の近くに大人の男性がいることに気づく。この小僧の親だろうか。

 話しかけてみる。


「俺はヒロシだ」


 どうやらヒロシという名前らしい。


「誰がなんと言おうとヒロシだ。本物のヒロシだぜ」


 別に疑ったりなんてしていないのに、わざわざそんなことを言っていた。そんなことを言われるとかえって怪しく感じる。

 ヒロシ以外の何かだとしても、別にどうでもいいんだけど。


「ふむ、どうやら埼玉県民は平面の種族のようだな。しかも、定型的な物言いを好むらしい」


 背後にイチロー兄さんが来ていた。

 埼玉県民がどのような種族か分析しているらしい。


「なんなら、私が教えてあげよっか?」


 新たな埼玉県人が来ていた。声のした方向に視線を変え、その姿を確認する。

 青い髪を脹ら脛ふくらはぎくらいまで伸ばした奇抜な風体だ。なぜか水兵セーラーの服装をしている。奇妙なことに。


「埼玉県はね、アニメ産業が盛んだったのね。そのうち、埼玉県を舞台にしたアニメも増えてさ、そんで聖地巡礼って名目で観光客を募って、地域の観光資源にしたの。そしたら、もう大反響でね、めちゃくちゃ儲かっちゃった。

 そのうち、自分たちもアニメになったら、もっと儲かるんじゃないかって、そう思ったのね、偉い人が。それで三次元の肉体を捨てて、みんな二次元になったのよ」


 二次元の少女が滑らかな口調で長台詞をまくし立てた。よくわからないけど、金儲け目的で二次元の身体になったらしい。

 同じように話を聞いていたイチロー兄さんは「ふんっ」と侮蔑的な笑みを浮かべ、少女を一瞥する。


「どうだかな」


 それだけ言うと、イチロー兄さんは俺とモモちゃんを呼び寄せ、先へ急ぐことを告げた。

 その先にあるのは飯能アルプス、そして秩父山脈である。


「食料と飲料はしっかり準備しろ。このまま、群馬まで進むぞ」


 イチロー兄さんの声が響き渡った。

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