第三市 B級グルメグランプリ
「B級グルメグランプリってなんなのよ!?」
俺の心からの問いに、モモちゃんが全国観光ガイドブックをめくりながら答えた。
「B級グランプリとは食の祭典です。なぜ、B級というのかというと、A級の高級グルメなどではなく、あくまで庶民の生活に根付いたB級であるという信条からのものだそうで。
つまり、庶民派の貧乏グルメのお祭りということですね」
なんだか身も蓋もないことを言っている。
しかし、この場において、やたらとテンションをあげている人物がいた。イチロー兄さんだ。
「ハッハッハッハッハ、我ら東京都民の味覚センスをこのド田舎に示す機会が来たということだ。我らが軽く優勝し、東京都民ここにありというところを見せようじゃないか」
そうは言うけれど、どんな料理を作るというのか。どこに勝機を見出したんだ。
「モモ、この軍艦には元々海軍カレーを作るためのカレー粉がふんだんに備蓄されていたな? この世にカレーに優る料理はない」
その言葉で俺はハッとした。確かに、それなら船に積んであった。カレーであればどんな料理より美味いといえる。
けれど、カレー粉だけではカレーは作れない。野菜も必要だし、肉も必要だ。何よりご飯がなくては何がカレーか。
「モモ、この会場で交渉できる相手がいたら野菜をもらってくれないか。私は島を回って食材を探す。そして、ゴロー、お前は海に行け。海は食材の宝庫だ」
イチロー兄さんの言葉に従い、モモちゃんは動き始め、兄さんも会場の外へ出て行った。俺だけが取り残される。
え? 俺が海に食材を探しに行くの?
ぽつんと一人で立ち尽くしていた。そして、
海岸まで降りた。岩ばかりがあり、あとは海だ。
だが、その中にあって、何かを食べている子供たちがいた。焚き火をして何かを炙り、それを食べているようだ。
「君たち、何を食べているんだい」
声をかけた。子供たちが一斉にこちらを向いた。奇異の目が向けられているのがわかる。
だが、私が旅人であると理解したのだろう。子供たちの一人が口を開いた。
「これは貝だよ。潜ればいくらでも見つかるよ。よそもんには無理だろうけどね」
どこかトゲトゲした言葉。けれど、それは十分な情報だった。
潜って探せばいいんだ。
「ありがとう。やってみるよ」
子供たちに礼を言い、服を脱ぎ捨てると、海の中に潜った。
暗い海の中、何があるかはすぐにはわからない。どうやら簡単には見つけられないようだ。それでも目を凝らし、何かないか探る。
「ぷはぁっ」
海の上に出て呼吸をする。ダメだ、見つけられる気がしない。
それでも、もう一度、海に潜った。どうしたら、見つけられるのだろう。
ひらすらに探す。しかし、海には何もなかった。
「いやぁ、なんだか疲れたな」
そう思い、岩場で顔を水に沈める。そうすることで、疲れが取れるような気がした。
いや、待て。あれは何だ。
俺は手を伸ばし、それを手にする。それは手のひらで包めるほどの大きさの巻貝だった。
「やった! ついに見つけた」
一つ見つけられると、コツが掴めたようだ。巻貝は次々に見つかった。
そうか、貝は海中を泳いでいるのではなく岩に張り付いているんだ。
これだけあれば、カレーの具材になりそうだ。
◇ ◇ ◇
俺たち三人はB級グランプリ会場の炊事場に戻ってきていた。
「よし、カレーを作るぞ。俺はご飯を炊こう。ゴローとモモでカレーを作ってくれ」
そう言うと、イチロー兄さんはメスティンを取り出した。シルバーに輝く、アルミニウム製の飯盒だ。東京都民らしい、洗練されたアイテムである。
「
米を水に晒し、十数分待つ。腕時計に内蔵された温度計で温度を測り、適した浸水時間を見計らっていた。そして、強火で熱し、水がこぼれ始めると弱火にし、時間を見て、蒸らす。
無駄のない飯盒炊爨。さすがはエリート東京都民である。
そうしている間にも、俺たちはカレーを作らなければならない。
モモちゃんがどっさりと玉ねぎを持ってきた。
「千葉料理といったら玉ねぎなのよ。どんな料理にもたっぷり入れるんだって。
カレーといえば玉ねぎだし、ぴったり合うかもね」
その言葉に従い、俺はひたすらに玉ねぎの皮を剥き、一口サイズに切っていく。
モモちゃんはその玉ねぎを寸胴鍋の中に入れ、油とともにじっくりと炒める。次第に白色は透明に変わり、ベッコウ色に変わっていった。
それとは別にサザエの下処理を進める。
もう一つの鍋でサザエを茹でる。茹で汁はカレーの隠し味にするので、布巾でこして不純物を取り除いておく。
茹で上がったサザエは殻から取り出し、身の部分とはらわたを切り分けた。はらわたは苦味が強いのでカレーに入れないため、分けておく。
炒めあがった玉ねぎに生姜とニンニク、それにサザエの茹で汁を加えた。しっかりと煮込むと、トマトのみじん切り、カレールーを入れてさらに煮る。
そこにサザエを加えたらカレーは完成。炊き立てのご飯に盛り付けする。
「できたな、サザエカレー。我々はこれで勝負する。」
◇ ◇ ◇
ズズズズズっ
真っ赤なスープのラーメンを啜った。ラー油の辛さと旨みが麺を伝ってくるようだ。これは美味い。
「ヘヘっ、どうでい。これぞ千葉の誇るキングオブB級グルメ、勝浦タンタンメンじゃん!」
しかし、これを打ち破らなければならないのか。さすがにハードルが高い。サザエカレーは美味いものができたと思うが、どんどん自信がなくなってきた。
「では、我らのメニューも食べてもらおう。唐揚げそばだ」
千葉県民の大男が響くような声とともに料理を差し出してくる。確か、八犬士の
その料理は丼を覆うほどの唐揚げが敷き詰められており、その奥にそばとつゆが見える。いかにもB級だ。
「いただきます」
俺はまず唐揚げを箸で掴むと、口の中に入れる。熱い。まだ揚げたての唐揚げだ。歯を突き立てるとジュワっと脂が口中に広がり、それとともに旨みを感じる。
だが、このそばはそれだけではなかった。つゆに浸かった唐揚げを食べるとまた味わいが違う。醤油とかつおの風味により、唐揚げがまた別の顔を見せているのだ。
そばは普通だったが、唐揚げのパワーでどんどん食べれる。これは美味いぞ。
「おっと、吾輩もメニューを出しているのです。食べてはいただけませんかな」
なんと、その男は
「ふふ、驚きましたか。吾輩の祈りが神に届いたのですよ」
なんだかオカルティックなことを言っている。気にしないことにして、料理を食べよう。
出したメニューは中華饅だった。
「いただきます」
口を大きく開けて、その中華饅にかぶりついた。肉汁が口いっぱいに広がる。さらに、椎茸の風味、タケノコのシャキシャキした食感が味をにぎやかにしていた。そして、特徴的なのは柔からながらもコリコリした食感が特徴的な旨みの塊がある。これは……。
「そう、これはあさりまんなのです」
千葉県産のあさりが入っている。それだけで、中華饅がこうも美味しくなるというのか。
俺はその美味さに魅入られ、再びあさりまんにかぶりつく。
「どうです? 神奈川と千葉の融合料理。東京もんには到底出せない深淵さでしょう」
ムリョーがケタケタと笑っていた。
「まずいな」
イチロー兄さんが呟く。さすがの兄さんも、これだけクオリティの高いB級グルメの数々には自信を失ってしまったのだろう。
「創作物のグルメ対決では先行が不利だ。私たちの料理を出す順番は最後だが、すでに手の内は出してしまっている。このままでは負けるな。手を加える」
そう言うと、サザエカレーの寸胴鍋の中に何かを入れた。一体、何を入れたんだろう。
「さあ、どうぞ」
サザエカレーをよそうと、会場の人々に配る。美味しく食べてくれるだろうか。それが気にかかる。
「なんだこれは」
ざわめきが起きる。イチロー兄さんの入れた隠し味に感銘を受けているのだろうか。
「こんなまろやかなカレーは食べたことがない」
「旨みが弾けるようだよ」
「磯の香りを感じるよね」
「サザエさんが50年以上も続く長寿番組である理由がわかるな」
どうやら好評のようだ。俺は安堵の溜息を漏らした。
「ううぅ、カレーは美味しい。中華饅よりも……」
ムリョーも敗北を認めていた。中華饅よりカレーが美味しいと、今更ながら気づいたらしい。
まあ、好き好きなんだろうけど。
それにしても、イチロー兄さんは何を入れたのだろうか。
「これだ、味の素」
想像以上に単純な答えだった。純粋に旨みを足したのだ。
「ふっ、この場合、隠し味の内容よりも、隠し味を隠したという事実が重要だ。読者の興味さえ引ければ、それで勝率が上がる」
ちょっと何を言っているのかわからない。
だが、サザエカレーを食べた千葉県民たちの興奮は伝わる。千葉県民たちの体からは、美味いものを食べた時特有の七色のオーラが溢れていた。そのオーラは天まで昇り、そして下降する。
「これは橋だ。埼玉県へと続いているようだ。行くぞ、私たちの旅は続いていくのだ」
イチロー兄さんはそう宣言すると、千葉県民たちのオーラを歩き、先へと進んでいく。
え、いや、これ、本当に歩いていいやつなのか。
俺は不安を抱き、あたふたするが、モモちゃんも平然と続いていく。仕方なく、恐る恐るオーラの橋に乗り、その不安定な足場に
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