第二市 金太郎 VS 鎌倉の大仏

「逃げてどうするの?」


 俺が叫び声を上げる。しかし、それに答えるものはいなかった。誰にもわからないことなのだろう。

 そう思ってはいたが、次第に山道が変わる、土が剥き出しになっていた道が砂利の道に変わり、やがてコンクリとなり、舗装された道に変わった。

 もはや市街地だ。いや、市街であるならば、何者が住んでいるのか。魔獣か、魔人か、異人か?


 そんな疑問が湧き出る前に、イチロー兄さんが大声を上げた。


「見えたな。あの場所だ」


 その言葉を受けて、イチロー兄さんの視線の先を見る。巨大な像があった。クルクルしたパーマのかかった髪形の像だ。


「あれが鎌倉の大仏。いにしえの時代に日本全土を支配した武士団が造った古代兵器だと言われているのよ」


 モモちゃんが説明してくれる。全国観光ガイドブックの情報だろう。

 あの兵器ならば、金太郎に勝てるのか。俺たちは藁をも掴む気持ちで大仏のある場所まで必死で走った。

 その間にも、ドシンドシンという振動が響く。金太郎は確実にこちらに近づいてきていた。


「よし、起動するぞ」


 イチロー兄さんが大仏に乗り込んで宣言する。それを受けて、観光ガイドブックを片手にしたモモちゃんが返事する。


「はい、アクセスします。パスコードは……」


 そう言いつつ、ガイドブックに目を通し、コードを確認した。


「IZAKAMAKURA」


 その入力によって大仏の全身を巡るLEDが発光し、モーターの駆動する音が鳴り始める。


「こいつ、動くのか」


 私が思わず声を上げると、イチロー兄さんがこちらに目を向けながら指示を出した。


「このまま駆動は私が行おう。諸々の制御はモモに任せた。そして、攻撃はお前に頼むぞ、ゴロー」


 急に振られる。俺は緊張しながら大仏の操作システムを眺める。

 うっ、何もわからない。見知らぬ計器やボタンがひしめいている。こんなもの、どうやって操作すればいいって言うんだ。


「ゴロちゃん、マニュアルあるでしょ。見てよ」


 モモちゃんから指摘を受ける。周囲を見渡すと、操縦桿の下に、マニュアルが挟まっていた。

 それを開いて、攻撃の手段がないかあさる。


「何か武器は……、武器はないか……。あ、えと、頭部にあるのか」


 その時、金太郎が大仏の前に立ちはだかっていた。マサカリを頭上に構え、大仏に向けて振り下ろす。


 ドドドドンっ


 頭部の武器は大仏のパーマ部分のぐりぐりであった。ぐりぐりがミサイルとして発射され、金太郎を襲う。


「天パミサイルか。やるな」


 天パじゃなくて螺髪らほつってやつじゃあないのかな。なんか、人力で巻き巻きしたやつのはずだ。


 そのミサイルにより巨大な金太郎は肉体が抉れ、血を流し、骨が露わになった。それでも、金太郎は迫り来る。そして、その手に持つ鉞を再度振り上げた。

 こいつ、恐怖というものがないのか。俺はその様子に怖れを抱く。


「案ずるな。奴の攻撃は当たらない」


 俺の不安を察したのか、イチロー兄さんがそう宣言した。

 操縦桿を握り、大仏を軽快に操る。対して、金太郎が振り上げた鉞を大仏に向けて振り下ろす。その瞬間、大仏は華麗な足裁きで回転しつつ、その一撃をかわした。さらに、腕を引くと、振り下がりつつある鉞の側面に向け、その拳を叩き付けた。


 ガチンっ

 その攻撃で鉞が吹っ飛んだ。ビュンビュンと回転しつつ、湘南しょうなんの海へと落下していく。


「今だ、ゴロー、モモ。必殺攻撃だ」


 急に振られて、俺はあたふたとする。モモちゃんは目の前にある装置をテキパキと操作していた。


「エネルギーを腕に集中。脚部の安定性を確保。照準を敵に合わせています。発射準備、完了しました」


 そう言われても、こっちは何をやればいいのかわからない。慌ててマニュアルのページをめくった。

 これか! 該当するらしきページにあたり、ようやく胸を撫で下ろす。


「大仏シウムビームッ!」


 大仏の両手を人差し指と中指だけを立たせると、額のとぐろに当て、一気にビームを放出させる。青色の光線が放たれ、金太郎を焼いた。さしもの金太郎もこれには堪らないだろう。

 だが、その状況にモモちゃんが慌てたように叫び声を上げた。


「ちょっ、ゴロちゃん、音声コード、間違えてるよ! それ、大仏リウムビームだから!」


 あ、違ってたか。マニュアルのページがめくれる。大仏シウムビームは腕をクロスさせて放つ必殺技であった。

 でも、それ、なんか問題になるやつなのか。

 そう思った次の瞬間、大仏の全身から光線が溢れ出始めた。その放出によって、大仏が浮かび上がり、あさっての方向へと飛び去っていく。


「そんな、ちょっと間違えただけで、こんな……」


 ドドーンっ


 大仏は不時着した。その衝撃で電気系統がやられ、コクピット内は真っ暗になる。どうにか、出口のハッチを開けると、外へと這い出た。


「ハッハッハッハッハッ、運が良かったな。どうやら、ここは横浜のようだ」


     ◇   ◇   ◇


「え、えと、この全国観光ガイドブックによると、東京の街は徳川三代によって時間をかけて創られた街ですが、横浜は僅か三日で発展した街らしいです。そのため、即席都市と呼ばれているようですね」


 モモちゃんが解説する。俺の周囲には大東京と比べても遜色ないほどのビル街がひしめいていた。これがたったの三日だというのか。

 俺は嫌な予感がした。こんなのは人間業じゃない。


「なんだ、人間がいるじゃないか。この都市も人間によって生まれたらしいな。ちょうどいい、話を聞いてみようじゃないか」


 イチロー兄さんは人間を見つけると、テンションを上げ、近くにいる人間に向かって歩み寄っていく。

 おかしい。東京の外に人間がいるなんて、とても考えられないことだ。


「いやあ、どうもどうも。私は高貴なる東京都民のイチローというものだ。君たちはかな。お初にお目にかかる。少し話を聞いてもよろしいかな」


 イチロー兄さんは流暢な神奈川弁を操り、神奈川県民とおぼしき人間に話しかけた。その様子に対し、神奈川県民たちはいぶかしげな視線を送る。そして、互いに目配せをした。

 悪寒が走る。まずい気がした。悪いことが起きる。


「イチロー兄さん、逃げてくれ!」


 神奈川県民の口が大きく開いていた。その中には無数の触手が蠢いている。その触手の一部が伸び、イチロー兄さんを掴むと、その体内の暗黒空間の中に引き込んだ。それは瞬く間の出来事だった。


「え、いや、イチロー兄さんが……。嘘だろ……」


 俺は思わず呆然とする。そんな俺の手をモモちゃんが引いた。


「ゴロちゃん、逃げるよ。この場からすぐに離れる」


 彼女は決断が早い。すでに駆け出そうとしていた。

 だが、俺にはそんな切り替えはできない。その場から離れるのは憚られた。


「でも、兄さんはまだ!」


 イチロー兄さんを助けずに逃げるなんてできない。俺はイチロー兄さんを失うことを恐れていた。


「イチローさんなら大丈夫。危ないのは、あたしたちの方だよ!」


 確かに、神奈川県民は虚ろな目で俺たちを見て、向かってきている。イチロー兄さんのように俺たちも暗黒空間に飲み込まれかねない。

 俺が躊躇したせいで、モモちゃんまで危機に晒してしまった。なんということだ。


 ドゴーンっドゴーンっ


 突如、轟音が響いた。地面が揺れる。辺りで爆発が巻き起こり始めた。

 一体、何が起きているんだ。そう思い、周囲を見渡す。そして、海に無数の軍艦がひしめいているのがわかった。戦争が始まったのだ。


 やがて、横浜は突如現れた海軍によって占拠された。俺たちも捕まるが、代表者らしき人間が現れる。ムリョーと名乗るその人間は親しげな笑顔を見せていた。


「あなたたちは東京都民ですね。私たちは本物の神奈川県民で、本物の人間です。横浜は、異人と混ざり合った人間に占領され、我々は横須賀の軍港で篭城戦を強いられていました。

 ですが、あなたたちが横浜に攻撃してくれたお陰で突破口が開いたのです。本当にありがとうございました」


 横浜への攻撃というのは大仏の不時着のことだろうか。あれが役に立ったなら、いいことかもしれない。


「ここは危険です。横須賀へ案内しましょう。来てください」


 俺たちは横須賀へ移動することになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る