53.ひしめく黒

雷棘の荊ヴォルタールム!」


 植物のように枝分かれしながら壁を這って伸びる雷のつる。明滅を繰り返しながら根のように広がるそれが、ディクシアの杖を振り上げる動きと共に雷棘を茂らせた。


 鋭く、激しく、一斉に。体躯の中央を正確無比に貫かれた鏡像の一部が一瞬で沈黙する。


「クロ、任せるよ!」

「わかった」


 地を這う鏡像が登ってこられない足場を利用し、ディクシアが杖を構えた。同じく近場に浮く足場に降り立ち、クロスタは短く返答する。


 鏡像たちは物言わず砕け始めた同胞を気にも止めず足場の下方にわらわらと集まり、醜悪な口を広げて"エサ"が落ちてくるのを今か今かと待ち構えていた。まるで、鳥の雛のようだ。そんな可愛らしいものでは決してないのだが。




 響く発砲音。脚なのか腕なのか分からないパーツに力を込めた鏡像の、そのパーツが根本から弾け飛ぶ。短い悲鳴。上がった飛沫は近くに居た別の鏡像たちにかかり、黒いモヤのような体躯に僅かな朱をさした。


「そいつでも食ってろ」


 刹那、跳躍を試みていた鏡像にいくつもの歯が突き立てられた。

 残った脚───腕をじたばたと振り回し抵抗する鏡像の姿が、傾れ込む黒の塊に埋め尽くされて見えなくなる。


「う……。あんなに、見境なく……」

「食いたいのに届かないから、近くの血に群がる。所詮は理性のない残骸どもだ」


 あれが血かは知らないが、と普段よりも饒舌なクロスタが語りながら撃鉄を起こす。ディランは邪魔にならないよう、そんな彼から一つ離れた足場で身を屈めて口元を抑えた。









 降り立った場所は歪に削り取られたようにも見える空間だった。規模としては、祈りの儀レゾを行った青の広場よりも数倍は広い。

 その最奥。壁に埋まるようにして、無骨にならされた地面から蒼く光る柱が上下に伸びていた。


 ディラン曰く、それが母なる島エンブリオスの浮遊石であるならば説明に納得がいく大きさだ。数十人ですら囲えるか怪しい分厚さに、長く伸びたその端はまだ地の中にありどこまで伸びているかも分からない。更に、掘り出して地上に運び込むとなると、どれほどの労力を要するのだろう。







 蒼く光り放つ壮大な浮遊石が座する、玉座の間。本来であれば見惚れるような光景だが、周囲をひしめく黒がそれを許さない。


 重い金属音が空を切り裂いて、2回。

 銃口が放つ薄緑の閃光は、光の礫となり壁をよじ登りかけていたケモノ型の脳天に突き刺さった。


「え"ぇエエえエ"ア"ぁアア"ア"アァァァ"ア!!!!」

「頭は硬いか」


 猿のような姿を模したケモノ型は地に落ち、痛みか怒りかどちらともつかない絶叫をあたりに響かせる。

 その動きは止まる事なく、血のにおいに寄ってきたモヤ型が鋭利な爪でバラバラに切り裂かれていた。クロスタは眉根を寄せて舌打ちする。


「し、守護者様。数がかなり多いですが本当に大丈夫でしょうか……!?」

「所詮的だ」


 逡巡の後、彼は腰のポーチからマガジンを取り出した。空洞のままだったグリップに弾倉を突き刺すと、待ち望んでいた邂逅にキャッチが小気味の良い音を立てる。




 魔導銃エンチャントブラスター

 は、通常の銃火器とは少し異なる。

 長いバレルに重厚なフレームを持ち、必ずしも実弾を必要としない。謂わば、魔道具に近い代物である。実弾がなければ魔力を"弾"として射出できる……つまり、魔力が尽きない限り物理的な弾数を考慮せずに発砲できるということだ。


「余分に持ってきて正解だったな」


 トリガーが引かれると共に、今までよりも重たく轟くような金属音。弾薬をリロードし、マズルフラッシュは薄緑から白銀に変わっていた。


「あ"ッッ───」


 短い悲鳴を上げたケモノ型の右側頭部が、着弾と共に大きく爆ぜた。次こそ鏡像は動きを止め、モヤが喰らいつく前にその身体はひび割れて粒子と化した。


「今のは……」

「魔術付与の実弾」


 クロスタが再度撃鉄を起こし、飛び上がりかけた鳥のケモノ型の羽に向けてトリガーを引いた。

 またも爆発を引き起こした弾は羽の根元を引き千切り、黒い羽毛に覆われた体躯は地に伏す。パッ、と花弁のように散った赤い血に、歓声が上がる様が目下から聞こえた。


「直接魔力を撃つより強い。弾で効果も変えられる。ただ───」


 口数の増えたクロスタが、ほんの少し口の端を上げた。彼はまだ残っているはずの弾倉を取り出しポーチへと押し込む。


「1発のコストが高い」


 直後、銃口は黒い群れに向けて何度も吠えた。弾倉が無くなったことで再び上がる薄緑の閃光。放たれる魔弾は正確に鏡像の身体を射抜いていく。

 割れても割れてもまだ溢れるほど存在する鏡像、その中にまだ健在のケモノを見つけたディランが不安そうに声を上げた。


「まだ攻撃の手を緩めるには些か気が早いのではないでしょうか?ケモノ型の姿もまだまだ残っていますし……!」

「問題ない、俺はサポートだ。アタッカーは───」


 クロスタが目線を少し上げ、つられてディランもその方向へ視線を向ける。


「あいつだ」


 杖を水平に構えたままのディクシアが真剣な顔で何やら口を動かしていた。彼の周囲にはいつの間にか現れた不可視の幕が形成され、不特定のリズムで波動している。

 うねる魔力がエーテルと絡み合い、何分もひたすらに練り上げられたエネルギーがディクシアの杖先に凝縮した。


 そして彼は、朗々と声を張り上げる。


「"これは裁きだ。僕の前に立ち塞がる咎者たちよ、今よりここが墓場である。碑は大地に眠りし断罪の槍。滅びを以て贖うといい"!」


 振り下された杖の石突が、ディクシアの足元で鈍い音を立てた。


幕を開けたる葬送グレイヴバラージュ!!」


 判決であり、執行の合図。

 詠唱によりさらに鋭く、広範囲に、一斉に地面から迫り出した杭が、地を覆う黒を赤へと染め上げる。

 それは墓標だ。幾十も建てられた名もなき鏡像たちの墓標。

 もう一度石突が鳴ると杭は全て元の地面に戻り、支えを失った鏡像の骸が色を無くして崩れ始める。ディクシアがそれを確認してディランに問いかけた。


「浮遊石の近くまで行けば、始められますか?」

「は、はい!勿論です」

「では手筈通り、僕たちは貴方を守護まもります。クロ、行けるかい?」

「問題ない」


 頷くや否や、クロスタは迷わず足場から飛び降りた。相当な高さであるにも関わらず、彼は直前で羽を展開し無傷で着地すると即座に魔導銃エンチャントブラスターを後方に向けて放つ。浮遊して難を逃れていた小さい個体が弾けるように割れた。


「行くぞ」


 彼の催促にディクシアも目でディランを急かす。いまだに残る鏡像の姿に躊躇いを見せたディランだったが、次の瞬間には翼を広げて浮遊石まで大きく羽ばたいた。

 一気にひらけた浮遊石までの道のり。クロスタが言ったように、ディクシアの魔術はケモノもモヤも関係なく、魔導銃エンチャントブラスターで打ち抜くよりも多くの鏡像を打ち砕いていた。


「結界魔術を張る。破られたら都度で張り直すから、クロはその時に時間を稼いで欲しい」

「どれくらいかかる?」

「強度を考えると5秒だ」


 広範囲に拓けた視界の遠巻きには、まだ攻撃を逃れた鏡像が残っている。しかし、その鏡像が彼らを取り囲むよりも彼らが浮遊石の元にたどり着くほうが早い。


「ディクならもっとやれるだろ」

「……3秒」

「上等。任された」


 浮遊石の前には、壁が立ち塞がるように存在していた。

 おそらくそれがくだんの元凶である鏡だ。鏡面は石を向いているが、大きさやがくになっている配管にはクロスタたちも見覚えがある。

 石と鏡の間に回り込み、間髪入れずディクシアが円を描くように杖を振り翳した。


「そう簡単に破らせるつもりはないですが、あまりに攻撃を加えられるといずれ綻びが出ます……数分、それが勝負だと思ってください」

「───大丈夫です、ボクにとってもここが正念場ですから」


 ディクシアの真剣な声に、ディランも頷く。ここにきてようやく状況に慣れてきたのか、それとも目的の終点が見えてきたからか、彼は不思議と薄く微笑んでいた。


「仮に終わった後もアーリィさんたちが合流してこない場合は───この場からの離脱を優先します。いいですね?」

「ええ、勿論」


 ディランが一歩鏡へと近付いた。

 彼は決意に満ちた表情で首から下げた袋へと羽を伸ばす。


「お時間は取らせません。だって、この時を……」


 恍惚。


 そうとしか表現できない震える声は、自らの大役を果たそうとする武者震いによるものか。大事そうに、大事そうに袋から取り出したそれをディランは高らかに掲げた。


「ボクはこの時を、ずっと待っていたんだから───!!」





「───クロ、ディク!止めて!!」


 上方から降ってきた声に、先に反応したのはクロスタだった。

 投げられた言葉の意図を把握し、彼は微弱な魔力を込めた弾丸をに向けて放った。


「あっ!?」


 殺傷能力など無いに等しいが、衝撃を与える程度には十分な攻撃。ディランの手から零れ落ちたそれは、しかし彼が咄嗟に差し出した脚に跳ね返り砕けることなく地面を転がる。

 慌てたようにディランが落とした物を抱え込み、次いで険しい顔で怒鳴った。


「何をするんですか!」

「ごめんなさい、ちょっと確認したくって」


 着地の音も軽やかに、シリスは膝を付いて睨み上げてくるディランの前に降り立った。

 長い金糸が重力に従い下に流れる頃、ディクシアが一拍遅らせた結界魔術を発動させた。ほのかな黄色い光を纏う半球が彼らを覆う。


 シリスは一歩ディランに近付くと、彼の抱えるものに指を向けた。


 彼の羽の隙間から見える、に。




「なんだか凄くイヤな感じがするんです



───教えてください。"それ"、儀式に必要なものなんですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る