43.ゲルダ

 外壁に付けられたベルを鳴らして数秒、軋む音を立てて鉄扉が開く。

 直後、姿を現した人物にアーリィが躊躇いなく飛びついた。


「ゲルダ!祭司長さまが、あなたの作った翼を受け入れてくれたよ!!」

「えっ、うっそ。てか、ホンマにあんな針のむしろに飛び込んでったんか?」


 アーリィよりもさらに小さな背丈がしっかりと彼女のことを抱き止めた。

 咄嗟のことだったのに反応が早い。きっと、普段からこうなのだろう。独特のイントネーションで驚きを口にする少女は「ほぉん」と、言葉にならないような声を上げてアーリィの脇から顔を覗かせた。


 ゲルダ、と呼ばれた彼女は見た目からしてドワーフであることが知れた。ドワーフは小柄で手先が特に器用な者が多い種族で、シリスも会ったのは初めてだ。

 やや低い鼻に大きめの丸い耳。無造作に結い上げた赤い癖っ毛から覗く目は黒々と大きく、愛嬌のある顔つきをしている。


「んで、助っ人お願いする言うてたんも請けてもろたんや?ジブン、思てた以上に大物オオモンよな」

「そうだった、紹介するね。この子はゲルダ、ワタシの友達で見ての通りドワーフだよ」

「よろしゅう」


 片手を上げて気さくな挨拶をするゲルダと呼ばれる少女。アーリィを抱き止めていた腕を離し、彼女は扉の中へ皆を招き入れる。


「あ、ジブンらの紹介はええで。ウチ、ヒトの名前覚えんの苦手なモンで髪の色とかで呼ばせてもらうわ」

「あらぁ、もしかして顔を覚えるの"も"苦手の間違いじゃなくて?」

「げっ……守護者の姉ちゃん……」


 招いた中、見知った顔があった事にいま気付いたのだろう。投げかけられた声に振り向いたゲルダがうげ、と苦々しい顔を見せた。

 どうやらレッセは顔が広いようだ。長くこの都市の担当をしていると言っていたので、当たり前ではあるのだが。


「入るわよぉ」

「アッ、ハイ、どうぞ……」


 背の低いレッセよりも更に小さなゲルダは、引き攣った顔で顎を引き、その大きな黒い目を上目遣いにレッセに向けていた。どう見ても怯えた表情だ。最初の浮石車エアモーバー乗りの男といい、ゲルダといい、レッセは一体どういう関係を築いてきたのか。

 遠慮なく開かれた扉の奥へ進んでいくレッセ。その背を少しだけ見送って、シリスはゲルダの固まった顔を覗き込む。


「ジブンらも守護者なんよな……。みんなあんな感じやと思ってたわ」

「ごめんなさい、あんまり良い印象なさそうな先輩で」

「まあ、やる事っちゅうか、ちゃんと鏡像は倒してくれるからええねんけどな……。けど、それしかせえへんというか、守護者やから領分あるのは分かっとるけどさ。来た当初はやれ守護者だから浮石車エアモーバーにタダで乗せろだの、滞在中は良い部屋を用意しろだの、やからみたいな事ばっか言いおって恐ろしいったら───やめとこやめとこ。今はまだマシやからええねん」


 そう言ってゲルダは再びシリスたちを中へと案内する。シリスがディクシアを振り返れば、今の話を聞いてか短い嘆息を漏らしながら片手で目を覆っていた。


 レッセ・フェールの行いを明確に理解した瞬間である。




 中は工房のようになっており、所狭しと雑多に物が置かれていた。儀式のとき同様、それが何に使うための道具なのかはシリスにはよくわからない。

 ついさっきまでレッセに怯えていた表情はすっかり消え、ゲルダは鼻歌混じりに部屋の隅にある棚へ向かう。これまた何に使うかわからない大きな機械も並ぶ中、小さな彼女が両手で抱えるほどの大きさのトランクを引っ張り出してきた。


「そっちのタッパ良い兄ちゃん……金髪のジブンや」

「……俺か」

「せや。そんな体格ええんや、ちょっと手伝ってな」


 ヨタヨタ抱えながら歩くゲルダの手から、呼ばれたクロスタがトランクを受け取った。「おおきに」と、笑った彼女は更に追加でもうひとつ同じものを引っ張り出してクロスタへ差し出す。クロスタはぴくりと片眉を上げたが、特に文句も言わずにもう1つも受け取った。


「まだちゃんとした名前も決めとらんから、ウチらは単に羽って呼んどる」


 床にトランクを置くように示しクロスタが従うと、ゲルダは全員に中身が見えるように蓋を全開にした。

 少しの隙間もないほどピッタリと収納された木枠が2つ、2つのトランクで計4つ。その枠の中には小さな革製のポシェットが収められていた。ただの茶色くて小さめの鞄だ。装飾すらなく、ループになった部分がベルトのようにも見える。


 ゲルダはそれを取り出すと、1番近くにいたディクシアに無造作に渡した。


「う、わ、わ」

「あ、落とさんといてや。一応精密機器やさかい」


 自分は雑に扱っているようにその言い種である。ディクシアが戸惑うのも無理はない。


「ベルト付いとるやろ?それを腰に巻いて調整して。鞄になってる部分は後ろや」


 ゲルダは自分でもひとつを手に取るとまさにポシェットの様に腰に巻いて手本を見せる。勢いに圧され言われるがままディクシアが同じようにポシェットを腰に巻いて装着する。満足そうに確認し、「ほな」と、ゲルダが彼のベルトの留め具についたボタンのようなものを押した直後だ。


 真っ白な雪───。

 いや。たったいま降ったのは雪ではない。これは、羽根だ。


 目を奪われたのは。その一瞬だけだった。


「クローーーー!?」


 思わす悲鳴を上げるシリスの目の前で、物凄い勢いでディクシアの隣にいたクロスタが大きく吹き飛ばされた。そのまま、激しい音を立てて瓦礫にしか見えない山に突っ込む。


 沈黙。


 もうもうと彼が吹き飛ばされた瓦礫から埃なのか煙なのかが立ち上る。理解が追い付かず呆然とする一同の中、異様なのはディクシアの背後から生えた純白の翼だった。

 ポシェットから姿を現した“それ”が、間髪入れず物凄い勢いで開き、クロスタを吹き飛ばしたことを理解したのは数拍遅れてのことである。恐らく、背後が見えていないディクシアには何も理解できていないだろう。


「すまんすまん、出力ミスっとるわ」

「ミスっとる……じゃないでしょ!?渡す前にそういうところ直さなきゃって言ってたのに!」


 悪びれもなくへらへら笑うゲルダにアーリィが吠える。


「…….彼は大丈夫なのでしょうか」


 未だ固まるディクシアと、瓦礫に埋もれたクロスタへ交互に視線を向けながらディランが言う。


「き、気にしないで、守護者は頑丈だから。あれくらいじゃピンピンしてるよ。ほら」


 シリスが指し示す先で、頭を抑えたクロスタがむくり、と起き上がった。遠目からでもそこまでダメージを受けている様には見えない───タンコブくらいは出来ているかもしれないが。


「悪かったな、調整するで待っててや」


 言うが早いか、ゲルダはその場で自分が装着したポシェットの中身に、どこから取り出したのかいくつかの工具を差し込んで弄り出す。

 次に彼女が留め具のボタンを押すと、今度は先ほどよりもゆっくりと、しかし大きく、滑らかに羽ばたきながら白い翼が姿を現した。

 正面から見れば天使に見えなくもない様相だ。翼の位置は少し低いという点を除けば。


「これでええな。他のも直すから……ほら、貸しぃ」


 自分の背を確認したゲルダがディクシアの腰からポシェットを奪う。一瞬、小さな悲鳴が上がったが彼女は気にせず全てのポシェットに手を加えていった。


「ちょっとアスに似てるよね、あの子」

「ああ」


 何かを作るのが好きで、日がな一日、突拍子もない物を作って楽しく生きている友人がシリスの脳に思い浮かぶ。

 同意を求めたわけではなかったが、隣に戻ってきたクロスタからは間を置くこともなく同意が返ってきた。……後頭部を押さえているので恐らく、その辺りを打ち付けたのかもしれない。


「出来たで。も1回試してや」


 今度は自らは身に付けず、調整したと思わしきポシェットを守護者4人に配るゲルダ。満足げな顔の彼女にほのかな不安はありつつ、シリスも受け取ったそれを見様見真似で腰に装着してボタンを押した。

 思った以上に衝撃は来なかった。

 背後で小さな駆動音。直後に微かな振動。


「ちょっとでええから魔力を流してみ」

「こう?───あ、わわっ」


 言われるがままにシリスが魔力を流せば、突如持ち上げられる感覚に思わず体勢を崩しそうになる。慌ててつま先でバランスをとってどうにか安定させれば、同じように羽を生やしながら慣れない感覚に四苦八苦する他の面々がシリスの目に入った。

 ディクシアに至ってはバランスを完全に崩しているが、魔力量が多いからか身体をくの字にながらも腰から浮いている状態だ。───その瞳にはとてつもない好奇の色が宿っていたが。


「どや?内部のプロペラの回転で風を起こして、魔力核で浮遊力に変えてんねん。浮遊石は全く使わん構造や。まあ、目下の問題は魔力がないヒトには動かせんっちゅうことやな」


 再三、ゲルダは満足したように腕を組んで頷いた。


「よっしゃ、ええな。イトコの兄ちゃんにはこっちを渡しとくわな。性能はほぼ同じなんやけど、旧型やから使える時間が短いねん。ジブンは自前の羽があるし、途中までは自分で頑張ってや」

「……感謝する」

「ホントやったらアリィにも渡せばええんやけど、去年盗みに入られた時に、もう一個あったやつが盗られてしもうてな。まぁ飛ぶの得意やしウチの羽がなくてもいけるやろ」

「なにそれ、聞いてないよ?」

「言ってないもん。わざわざ騒いで自警団でも来た日にゃ、捜査とか言ってここを好きなように荒らされてしまうやんか。どうせウチがメンテしやんだらすぐ使えんくなるような代物シロモンやで?精々、1、2回使って壊してしまえばええわ。中身見ただけで簡単に作れるモンちゃうしな!やから、いま出来てるのもこんだけの数なんやし」


 あと半日あればもう3、4個は作れたと思うけどな、とカラカラ笑うゲルダ。どうやら彼女にとっては作品が奪われてしまった事実は取るに足らないことらしい。


「もう一回同じボタン押せばしまえるわ。魔力さえ流したら勝手に使用者と接続されるから、適当に向かいたい方向意識しとくだけで飛べるでな。一回閉じたら、もう一回魔力流さなあかんけど」


 言われたようにもう一度ボタンを押すと、羽はゆっくりした速度でポシェットへとしまわれていった。最初の勢いが嘘のような穏やかさだ。


 このが量産できて誰でも使えるようになれば、たしかに浮石車エアモーバーの代わりにはなりそうだ。

 だが、見た目のことも含めて考えれば、有翼種に受け入れられるにはまだまだ問題が出てくるのだろう。


 ヒトは自分の領分を侵すものに厳しい。

 全てが全て、他者に寛容ではないのだから。


「1、2回で壊れる?じゃあやはりエーテルが蓄積されているのか?しかしそれなら浮遊魔術として起動した時点で魔力の消費量は格段に上昇するしそもそも───」


 羽をしまうことすら忘れて、浮いたままのディクシアが何かぶつぶつと呟いている。どうやら彼の知的好奇心がこれでもかという程に刺激されているらしかった。


「茶髪の兄ちゃんは好きなんか?」

「あっ、いえ、弟が色々作るのが好きで……」

「そうかそうか!なんや良く理解してるみたいやでな、気になるなら詳しい構造教えたるわ」

「本当ですか!?」

「ウチも理解できる頭のヒトに喋れるんは嬉しいしな」


 ディクシアの顔がパッと明るくなる。紅潮した頬が彼の喜びをありありと示していた。

 その様子を見てゲルダはまたカラカラ笑い、親指を立てて頷く。


「帰るの楽しみに、ウチももっと作っとくわ!ジブンらがいい結果持ってきたら、使いたい言うヒトらがわんさか現れるかもしれんしな!」


 知識欲の前には苦手すら吹き飛ぶのか。

 それとも、アステルに似た雰囲気の彼女が成せる空気によるものなのか。

 頷くディクシアは本当に嬉しそうに、その端正な顔に笑みを浮かべたのだった。




*




「……なにがそんなに楽しいんだか」


 心底つまらなさそうな表情。

 吐き捨てたレッセの言葉は誰にも届くことはなかった。

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