3.グレゴリー

魔導人形のパレードは時計塔の南扉から現れ、そのまま大通りを海の方に向かって行進して行った。

ちなみに、2人が出てきた螺旋階段へ続く扉は東側にある。


未だ時計塔からは音楽は鳴り響いているものの、魔導人形が作り出す賑やかさはすでに遠い。大通りの奥の方はまだパレードを眺めている様だったが、2人の周囲のヒトはもうすっかりまばらになっていた。

 




「町の下見は終わったか?」

 

パレードの行方を目で追っていたヴェルの肩が叩かれる。振り返れば、見慣れた顔がそこにあった。

 

「グレゴリーさん!」

 

ヴェルの声にシリスも振り返り、その男に気が付いたようだ。


短く刈った茶髪は綺麗に後ろに撫で付けられており、はっきり見える日に焼けた顔が印象的だ。揃えられた太い眉もうっすら生える髭も、野生味を感じさせる。平均の成人男性より頭1つ2つは大きな体躯は顔に負け劣らず逞しく、ラフなシャツ姿と相まって非常に様になっていた。


彼───グレゴリー・オルティスは呼ばれて頷くと、白い歯を見せて笑った。

 

「扉の横で立ってたんだが、おのぼりさん方はパレードに夢中で気付かんかったようだ」

「そりゃあ、あんなの初めて見ましたし。というか、俺たちがあれ見て喜ぶって分かってたから最初っから自由行動させてくれたんすよね?」

「ん、何のことだ?」

 

にやにやした笑顔を返すあたり、ヴェルの言っていることはあながち的外れではないのだろう。

 

今朝がたにポータルを通ってやってきた双子を出迎えたのが、今回指導員として派遣されたグレゴリーだった。

どの指導員が来ているのか、現地に着くまで少しの不安も抱えていた2人だったが、彼の顔を見た瞬間に「当たり」だと確信した。

座学を担っていながら、凝り固まったような教師のイメージとはかけ離れたこの男は、見習いとの距離感が近い。かつ指導内容にも柔軟性がある。そして何より、サッパリした彼の性格は2人の性分にも合っていた。

 

ポータルのある、町の空き家を出てすぐの出来事だ。グレゴリーはシリスとヴェルに自由行動を告げて町中へ送り出したのだ。

正直なところ、到着後すぐに堅苦しく指示があるかと思って身構えていた2人は拍子抜けしてしまったが、同時に感謝したのも事実だった。


そこからすぐに町へ繰り出し、資料で見た様々な場所を自分の目で見て回り、今に至っている。

 

「上手いこと町を回って、上手いこと現地の人間に情報を得ることが出来りゃ、大体この時間に此処に来ることはわかるからな。自分達で下見もさせる事が出来て、集合について詳しく決めなくても良い。おまけに自立性も育める。そして先に観光もさせてやる事が出来てお前達にも感謝される。一石二鳥だろう?」

 

そう言って、彼は得意げに腕を組んでみせた。

シリスはそんな姿を見上げながら、意地悪げに聞く。

 

「グレゴリーさん、実はちょっと自分で説明して回るの面倒だったりした?」

「そ……んなワケないだろう。見習い達が事前に調べた情報を、自分達で確かめて貰うだけだぞ。むしろ俺が余計な説明しちゃお前達のためにもならんだろう?」

 

視線を逸らしながら答える様子では、どうやら図星らしい。少しバツの悪そうに口をモゴモゴさせた後、気を取り直すようにグレゴリーは咳払いをして2人を交互に見るとちらり、と辺りを伺った。

 

「とにかく、だ。町の下見も大体終わったなら場所を変えるか」

 

観光者らしき人々も住民らしき人々も、それぞれ賑わう大通りの露店に集まっており周囲にはもう殆どヒトはいない。時計塔は確かに見所ではあるようだが、パレードの出発地点であることと展望台があること以外では、これといって特徴もない場所だ。そんな時計塔の周りに好んで残っている者はいないようだった。

 

大通りを一瞥いちべつした後、グレゴリーは2人を連れて歩き出した。枝分かれした小道に入れば、途端に人のざわめきは遠くなる。

 

「これでも俺が座学担当だったからな」

「顔に似合わず、な」

「うるさいぞ」

 

ヴェルの頭を大きな掌が叩いた。

 

「お前はサボりさえしなければシリスと同成績のくせに、毎回補講に来てからに……。いいか?とにかく俺はお前達の座学の担当だ。そして今回の初回任務の指導員でもある。分かりきったことでも確認する義務があるからな」

 

評価にも関係するしな、と前置きして、グレゴリーは続ける。

 

「シリス、守護者の誓いを暗唱できるな?」

「えっと……"偽りに侵されることのない我々にこそ、この白く尊い世界を守護する義務がある。血に刻まれた我々の誇りこそ、何者にも破ることのできぬ不屈の矛であり、盾である"です」

「そうだ、それは絶対目的であり、我々が守護者である限りは不変の事実でもある」

 

澱みない返答に頷いた顔は満足げだ。

 

「ではヴェル、偽りとは?」

「鏡像のこと」

「"破綻した感情の断片は"?」

「……"放逐ほうちくされた影となり、心の空虚を埋めんとする。惑わされるべからず、その形はただ遺棄された残骸である"……これ要る?」

「基本的な概念を正しく答えられるかも、今回の評価項目だ。なんせ見習いとしての最終確認だからな」

 

懐から取り出したメモのようなものに何かを書き込んだあと、グレゴリーはそれを双子の前に差し出した。そこにはいくつか項目のようなものが書かれてあるが、上の方にある"正しく知識を述べることができる"という欄にチェックが打たれていた。

確認した後にメモはすぐにしまわれたが、一瞬見えただけでも10は下らない項目があったことは分かった。すでにチェックが打たれたところもある。

全ては確認できなかったが、恐らく先ほど彼が言っていた現地の人間とのコミュニケーションや、下調べが出来るかなども項目に入っているのだろう。ポータル酔いをしない、という項目が1番上にあることだけはしっかりと見て取れた。

 

「今回の任務は特に大きな成果を求めるもんじゃない。たった3日のうちに、こんな争いもほっとんどないような世界で、何かあるなんて誰も思っちゃいないさ」

「そう言われるとあたし達としても少し複雑なんですけどぉ……」

「はっはっは!気を悪くするんじゃない。お前達はまだ、今回の任務が終わるまでは見習いなんだ。名目が現地調査とはいえ、やるべき事はこの3日間真面目に足を動かして、考えて、鏡像がいたらぶっ潰せばいいだけさ」


そう言ってグレゴリーはにかり、と笑う。


「俺たちにとって、お前達見習いは手塩にかけて育ててきた可愛い子供みたいなものだ。厳しくする時もあるが、過度に負担をかけたいわけじゃないのさ」


必要と強要は違う。それは当たり前のこと。

この任務で重要なのは、あくまで見習い達が外の世界でもやっていけるのかどうかの見極めなのだから。

 

「さて、後は地道な調査やら聞き込みやらになるからな……ここらでどうだ?ここを進めば俺が気に入ってる飯屋があるんだが、そこで昼メシでも」

「よっしゃ!グレゴリーさんの奢りな!」

 

途端に、目に見えてわかるほど顔を明るくしたヴェル。やれやれ仕方ない、と肩をすくめるグレゴリー。弟と同じく昼食に期待を馳せて目を輝かせたシリス───だけは、不意にぴたりと足を止めて振り返った。


そこにはたった今歩いてきた小道がある。赤いレンガのそれを辿れば大通りに戻れるだろう。そこからさらに枝分かれするように左右へ路地が伸びている。道脇に立ち並ぶ建物はそう高くないため路地の暗がりはそこまででもないが、細くなるにつれ差し込む光は少なくなり、それに伴って影は濃い。

大通りの賑やかさは彼方かなたにある。

 

「悲鳴……?」

「どうしたシリス?」

 

姉の様子が変わったことにすぐに気が付いたのはヴェルだった。

 

「……空耳……じゃ、ない。やっぱり聞こえる」

 

言うが早いか、脇に伸びる路地にシリスは飛び込んだ。後方から慌てた弟の声が追ってくるが、彼女はそれに構わず道を駆けていく。


あっという間に遠ざかる彼女に手を伸ばすも、入り組んだ路地の脇へ脇へと入っていくその背にヴェルの手は届かない。一拍遅れて異変に気付いたグレコリーが、叱咤しながらその横を追い抜いた。

 

「走れヴェル!見失うぞ!」


重鈍に見える巨躯に似合わぬ速度で駆けるグレゴリー。慌ててヴェルもスピードをあげてそれを追う。

正直なところ何があったのか把握できていない。それでも、呟かれた「悲鳴」の一言で何か不穏なことが起きていることだけはしっかりと理解できた。


まだ正午を過ぎたばかりの日中であるにもかかわらず、建物の影が落ちる路地は尚のこと暗く、陰鬱いんうつな空気に満たされていた。

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