ちゅーがくせいのインフルエンサーと真実 ③

【速報】金城大悟衆議院議員、国会議事堂にて現総理大臣雉名晴人を人質に立てこもり。


 前代未聞の事件は即座に全国に報道され、各テレビ局は急いでレポーターとカメラマンを事件現場である国会議事堂に向かわせるも——


「え? ちょ、何これ?」


「おい、国会議事堂はこっちのはずだろ!?」


「何で何で何で……ナビは壊れてないのに……え? てか、ここさっきも通ってねえか!?」


「はい。道は間違ってないです、けど……その、プロデューサー……俺ら、まさかとは思うんですが……」


「~~~~ッ、クソッ! 怪異庁に先越された!」


 後部座席に座っていた中年男性から中身が残っていた缶コーヒーを側頭部にぶつけられた。耳にぬるいコーヒーがぶちまけられた感触も気持ち悪いし、気に入っていたシャツにシミがついてしまったことにストレスを感じていた。

 しかし、運転手である若者は本来であれば三十分もしない内に辿り着く場所にいつまで経っても着かない現状をどう説明すべきかと思っていたが、どうやらその足りない頭でも理解できたらしい。


(つか、視えてねぇってのは気楽でいいもんだ)


 まだ二十代前半である若者はアルバイトでこの仕事をしていたが、視えるがゆえにそれなりに苦労してきた。

 だからこそ、このような憑かれ放題の人間にはできるだけ逆らわず適当にあしらってきたが、


「んじゃ、プロデューサー。代金支払ってくれます?」


 路肩に停車し、若者が懐からアイスピックを取り出し、毒づいてる中年の眉間に突き付ける。


「は……? テメェ、何のマネだ?」


「いや、何のマネって——俺、覚えてません?」


「何を言って——」


 太い腕を伸ばし若者の胸倉を掴もうとした瞬間、容赦ない一撃が突き刺さった。


「な、なにを……」


「あー、何だ。やっぱ覚えてないんだー。冷たいなー。俺、めちゃくちゃ頑張ったのになー。プロデューサーのために一生懸命尽くしてきたのになー。けど、アンタは自分よりもまあまあ出来のいい俺に妙に執着して嫉妬してすんげえ嫌がらせばっかして言葉でめちゃくちゃ攻撃してきたしアルハラしてきたよね。俺、飲めないのにさー。てかアルハラって知ってる? アルコールハラスメント。飲めない人間に無理矢理アルコール摂取させるっていうアレ。いやぁ~、マジ気持ち悪かった。無茶苦茶吐いたよ。吐いたら吐いたで胃が痛くて起き上がれねえの。マジしんどくてさー。それなのにアンタはそんな俺のことなんかお構いなしにこき使ったよねー。ああ、でも、そのおかげで俺、うまいこと自殺して、そんで運命の出会いしちゃって、生き返っちゃったんですよー。て、聞いてます~?」


 早口で楽しそうにまくしたてる若者に中年男性はようやく思い至る。


 この男はつい最近までADとして働いていた若者だ。名前は————……


「まあ、そんなわけでご指導ご鞭撻マジサンクスでした~」


「あ」


 針が頭の奥にまで刺さる感触に叫び声を上げそうになるが、それは左から出された拳銃によって銃声に変わった。




 ひと仕事終えた若者はその場で服を脱ぎ、タオルで耳についたコーヒーを拭いていた。


「あー、これマジでシミになるやつ~」


 コーヒーよりも紅茶派である若者は念のため持ってきていた着替えを着用し、ちょうど近くにあったコンビニでレモンティーとから揚げを購入し、車にもたれかかりながらパクパクと食べては飲んでいた。


 近くを通り過ぎる人たちが彼に注目することはなく日常は急速に変化していく。


 誰が死のうとも。


 指についた油を舐め取っていると、待ち人がようやく現れる。


「よお。うまく行ったか?」


 その声から想像できる見た目に相反した姿に一瞬驚くも、そういえばこいつらに確固たる姿なんてものはあるようでないことを思い出す。


「この通り」


 先程殺した中年男性が持っていたIDカードをすぐに手渡す。


「その中にいるおっさん風呂入ってる?」


「ぜ~んぜん。奥さんと子供に最近逃げられたらしくて、めっちゃイラだってました。俺の食事と風呂はどうするんだ! って、いや、そんくらい自分でやれよ~、って感じでマジウケました。切れ者で有名だったけど、実際は奥さんが有能だったみたいで」


「ふ~ん……臭うけど、使えないことはないか」


「で、俺はもう用済みですよね」


「ああ。お前、死んだんだろ。そのプロデューサーのパワハラ受けて精神的に追い詰められて、寝不足でふらふら~っと」


「そりゃもう衝動的にやっちゃいましたよ~。俺に勝手に嫉妬して嫌がらせしてアルハラまでしてきたクソ上司。まさか、生き返って殺せるなんて思わなかったぁ~~……いや、これ、マジヤベえ。つか、満足すぎ。地獄確定だけど、最の高」


「そっか。じゃあ、ご苦労さん」


「こちらこそ、ありがとうございます」


 若者はようやく心から安堵した笑顔で骨の欠片だけを残し消えていく。


 待ち人である存在はそれを拾い、自らの手で握り砕く。


 そうして、風に乗って消えていった若者を見送り、自らの姿を変化させる。


「おお。クソデブだなぁ……あー……あー……ん、まあ、おっさんの声はこんな感じか……あーあ、さすがにこんなだらしねぇ姿になんのはあーしの美学に反するけど、まあ、テレビ局に入れるんなら、電波使い放題ってやつ?」


 先程まで車に乗っていた彼らが向かおうとしていた場所はほんのすぐ傍にあるというのに辿り着けない。その理由は——……


「少なくとも、無駄に強力な結界をこじ開けるよりは電波が一番みたいだし」


 野太い声から発せられる女性的な口調に通り過ぎた男が一瞬ギョッとした表情で彼を見たが、目を合わせた瞬間その場に跪く。


「よ、よよよよよかったら私の車をお使い下さいぃぃぃいいいいいいいいぃ……!」


「あら、ありがと。じゃあ、停車してる場所まで案内してくれる」


「よろこんでぇぇえええええええええ……」


 先程とは違い顔も声もだらしなくなっている男。しかし、男自身は気づいてない。


 怪異に魅了されていることを。


 気づくことなく使い捨てられた男は先程の若者と同じく骨だけを残し、風と共にサラサラと消えて無くなった。

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