芦屋道長という老人と怪異なる遭遇
秋吉探偵事務所に現役JCインフルエンサーみゆりんが突撃していた頃、所長である藤宮美月は事務所から離れた住宅街の中にある築五十年を越えた古いアパートの一室を訪ねていた。
「ふん。ようやく来おったか」
「やあ、久しぶり。相変わらず死にそうにないねぇ、君は」
呼び鈴を押すまでもなく開いていた扉を開け、中に入るなり軽口を叩く。
だいぶ交代した白髪を長く伸ばし、気難しそうな雰囲気を纏った老人は彼女が来るまでの時間潰しに読んでいた文庫本を近くのテーブルに置く。
「誰が死ぬか。孫が幸せになるまで死ねるわけねえだろ」
「だろうね。けど、彼女の幸せが来ることなんてあり得ないね」
「……知っとるわ」
嘆息混じりに立ち上がり、台所でお茶の用意をし始める老人。
一見すると枯れ木のような老いさらばえた老人のようにしか見えないが、全盛期の彼と戦ったことがある身としては衰えてないことが分かる。
こうして、立っているだけでも隙が見当たらないぐらいには彼はまだ退魔師としても武人としても衰え知らずなのだろう。
このようなアパートの一室に住んでいるとは思えないほどに。
「ていうか、いい加減屋敷に戻ってもいいんじゃない?」
「広いだけで無駄金喰ってるだけだ。売りに出しても誰も買いやしねえ」
「まあ、あの場所にある龍脈に耐えられる人間なんて芦屋家ぐらいだもんね」
「ああ。哀子が使ってんなら問題ねぇだろ」
「哀子ちゃんなら秋吉と寝てるよ」
「はあ!?」
「正確に言うと調べなきゃいけない事実が多く出てきたから昨日の夜から二人して徹夜で九尾狐の仕業ではないかと思われる過去の事件を調べ直し、そんで今は疲れてソファーの裏側辺りで眠ってんじゃない」
「……まるで今見ているかのような言いぐさだな」
「これぐらいの距離ならリアルタイムで様子見ぐらいはできるさ」
「相っ変わらずの化物っぷりだな、藤宮」
「そっちこそ、変わらないよね。道長」
老人の名は芦屋
亡くなった両親に変わり育ててきた哀子に対して並々ならぬ愛情を注ぎつつも厳しく育ててくれたのは他ならぬ彼であり、その強さをうまく継承しているのも事実だ。
しかし、孫である哀子曰く『おじいちゃんの強さは異次元すぎて一生勝てそうにない』との事。
そんな規格外ともいえる老人は今年で百歳。
まだまだ二十年は長生きしそうだ。
■
お茶とお茶請けに出された饅頭を食べながら二人は報道番組を見ていた。流れてくる内容は特にどうということもない事件や事故、安否情報に通り魔による刃傷沙汰。
それら全ては人間が引き起こしたことであり怪異が絡んでるような内容は何もなかった。ただ一つを除いては。
『——はい……すみません。緊急速報です。衆議院議員の金城大悟氏が現総理大臣の
紙を受け取ったアナウンサーが一瞬顔を青ざめさせるも、すぐに早口で情報を伝え始める。
現場からの映像はまだ届いてないようだが、二人はすぐに勘づいた。
「九尾狐の仕業だね」
「どうする? あれは自力で封印を解いて逃げたバケモンだぞ」
「知ってる。だからこそ、私は行くよ」
「……お前、この間外出たばかりで力使ったんじゃねえのか」
「そんなに使ってないさ。むしろ、これから大変なことになるから怪異庁を動かしてほしいんだけど。君の権限で」
「……じゃあ、お前らに今回の件、任せておいてやる」
「ありがと。今度来る時は鍋の材料持ってくるよ」
「おう。酒も用意しろよ」
「もちろん」
残っていた饅頭をペロリと平らげ、ぬるくなったお茶を飲み干し、その場から風の如く消えていく美月。
テレビの中では現場がパニックにになっている様子が映し出されているが、これは警察の手に追えない怪異による事件。
しかも、九尾狐によってたぶらかされたのが、よりにもよって次期総理の名高い金城氏。
「やれやれ……さすがに今回は結界専門の奴と情報操作ともしもの時用の俺の弟子たちぐらい呼べば何とかなるだろ」
老人とは思えないぐらいのスピードで携帯端末を操作し、関係各所に連絡を入れる。
連絡を入れて五分後、アパートの前に黒塗りの車が一台停車していた。
自分の部屋で各種武装を確認し、装備。それから、自分専用に作らせた狩衣を着て、アパートに鍵をかけ、停車していた車の後部座席に乗り込む。
「どうも。初めまして。俺、最近入ったばかりの新人退魔師でっす」
怪異庁の退魔師たちは大体が地味なメイクと髪色をしてるものだが、この若者は随分と派手は真紅の髪色をしている。
「あ、気になっちゃいます? 俺、ホストしてたんすよ。そしたら幽霊騒ぎで店ブッ壊れて、でもって俺、何か視えるようになっちゃったんで見習いで雇ってもらってるんすよ」
聞いてもいないことをべらべらと喋ってくるが、この男は見た目の軽薄さに反して仕事は早いようだ。何故なら、道長が座席に乗り込むと同時に発信し、車内が揺れることなく目的地に予定していた時刻の十分前に着いたのだから。
「着きましたよ。あー……警察が突入しようと構えてますね……」
「そうだな。で、お前さん、今、何が視える」
試すつもりで聞いてみた。すると、彼はこともなげにあっさりと言ってのける。
「九尾狐の分身——ていうか、アレ、本物じゃないですよ。いわゆる端末」
「端末?」
「はい。誰も気付いてなかったみたいっすけど、本物の九尾狐がそう簡単に姿を現すとは思ってないですよ」
「……だが、今、こうして九尾狐にたぶらかされて金城大悟は事件を起こしている」
「だからっすよ。九尾狐がこんなクソみたいな誑かし方するわけがない。女であろうが男であろうが奴の本質は狡猾そのもの―—だって、貴方のお孫さんから指導受けてるんで」
「ほう。あいつの指導のおかげとはいえ、お前中々やるじゃねえか」
「でっしょ~。んで、俺らはこのまま外で待機しておくべきですよね」
「ああ。中に入るのは——」
警察たちの間から出てきたのは三人の男女。
一人は陰鬱な表情をした男。
一人はサングラスをかけた長身の美女。
一人は学校帰りなのか制服姿でへらへらと笑っている男子高校生。
「あ、この前の——おーい、一樹っち。死ぬなよ~」
その言葉に気づいた少年が手を振り返す。
さて、そろそろ決着の時間だ。
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