ちゅーがくせいのインフルエンサーと真実 ②
事務所にいた綺麗な人とテーブルのみならず床にまで散らばっていた書類を片付けた後、少女は応接スペースに座り探偵である秋吉清司と向き合っていた。
「で、お前さんは何者だ?」
睨みつけているわけではないことを隣に座ってくれた彼女から小声で耳打ちされるが、中学生にとって秋吉の落ちくぼんだ陰鬱な瞳と無愛想な顔つきは恐怖でしかない。
だが、そんな彼に恐怖を抱きつつも、それを振り払うように立ち上がって堂々と名乗る。
「ふっ……よくぞ、聞いてくれました。私はカリスマJCインフルエンサーみゆりんでぇ~す☆」
ネット配信する時のノリとポーズで頑張るものの、相手にとってそれは重要ではないらしく、冷静に返される。
「…………ふーん……で、本名は?」
「……金城深雪です。中学二年生です」
どうやらこのおじさんには通用しないことを悟ったみゆりんこと金城深雪は顔を赤くし俯き、元の位置に座り直す。
「そうか。俺はSNSとか流行りに疎いからお前さんのことをよく知らないんだ。すまんな」
彼なりに気を遣ってくれたらしい。
「あ、いえ……別にいいです。これはその……まあ、ストレス解消に始めただけというか何というか……」
思わず本音を言ってしまい、しまったと思い、恐る恐る目の前にいる相手の顔を見てみるが、気にしてないらしい。
それどころか、隣にいる未だ名前を知らない美女がフォローに入る。
「いや。ていうか、秋吉さん、みゆりんが可哀想だからこれ以上ツッコむのはやめてあげてくんないかな」
「あ? いや、そういうつもりはないんだが……」
「少なくとも、今の状況はおっさんが女子中学生をいじめている図にしか見えないから」
「つか、お前、いつからいたんだ?」
「本業の方でお客様から急にキャンセル入って時間空いたし、美月さんと話でもしようかと思って来たらいなかったし、二人は二人で書類と格闘してたからお茶でも淹れようかと思ってたら、この子が来たんだよ」
そういう場面に自分は出くわしてしまったらしい。もうちょっとタイミングずらせばよかったかな、なんて思いつつも深雪は隣にいてくれる彼女に聞く。
「あ、あの……本当にこの人が怪異専門の探偵さんなんですか?」
「そうだよ。俺も昔助けてもらったからね」
「……そうなんですか……」
深雪が知ってる限り怪異絡みの事件での生存率は低いと聞いたことがある。しかし、彼女のような人が生き残っているということは、彼に頼めば間違いないのだろう。
ふぅ、と息を吐き、改めて彼と向き合う。
目が合った彼は彼女に当然の如く探偵らしいことを口にする。
「で、依頼は?」
「…………私の兄、金城大輝。母の金城美優里。この二人が亡くなったことは怪異庁の人たちから聞きました」
「……そうか」
「けど、私は納得できない……! 怪異って何なんですか! 何でお兄ちゃんとお母さんが死ななきゃいけないんですか!? お父さんもあの日以来、ずっとふさぎこんで部屋から出てこなくなったし……私、怖いんです……っ」
「怖い?」
「このままだとお父さんもいなくなってしまいそうで……だから、私、知りたいんです!」
膝の上に置いた拳に更に力を入れ、震える声で訴える。
「お兄ちゃんとお母さんに何があったかを!」
■
秋吉は困っていた。
目の前にいるギャル風のメイクと格好をした女子中学生こと金城深雪がまさかここにやってくるとは思ってもみなかったからだ。
ちなみに先程はSNSに疎いとごまかしたが、金城家に関してはある程度の調べはついている。だから、彼女がSNSで有名なカリスマJCインフルエンサーみゆりんであることも当然の如く知っていた。
家庭の事情、という理由で現在はSNSの更新を停止してはいるが、学校での真面目な姿ではなく、その姿で来るとは思いもしなかった。
とはいえ、中身はやはり真面目な良い子であることには違いない。
(次期生徒会長候補だもんなぁ……この子)
しかし、ストレス解消でインフルエンサーをやっていたとは——
(政治家の子供ってのも案外大変なんだな)
そうして、彼女から依頼を聞いたのはいいのだが、そう来るとは……さて、どうしたものか。
すると、深雪をフォローするために隣に座ってくれていたユーキがジトっとした目で小さく手招きする。
「ごめん。ちょっと二人だけで話したいことあるから、待っててくれる?」
「あ、はい。いいですよ」
二人で席を立ち、応接スペースから台所へ移動する。
「で、どう話すつもり?」
「何が?」
「兄は怪異化した腹違いの弟に食い殺されて、母親は妹と息子を蘇らせるために怪異アプリによって禁忌に手を出した結果、怪異化し、美月さんが——」
「……中学生の嬢ちゃんに話す内容じゃねえな……」
「けど、ここまで来れたってことは彼女、勘はかなり鋭いんじゃない?」
「だからといって話せと」
「そうじゃない。さっきの話——お父さんがふさぎ込んでいるっていうのが俺は気になった」
「あ? そりゃ、息子と妻を短期間で立て続けに喪ったらそうなるんじゃ——」
「……秋吉さん。金城大悟についての情報で俺自身の判断で伏せていたことがあるんだけど」
「お前……今日ここに来たのは……」
「本当は美月さんだけに話そうと思った。けど、いないみたいだし——それにこの周辺って怪異に関係のない人間が簡単に来られるようにはしてないはずだよね」
「ああ。さすがに怪異絡みでない限りは依頼を受け付けたりはしねぇためにしてるんだが——……てことは、おい」
「その全てに関するデータは事務所のPCと秋吉さんの携帯に送ってる」
ポケットから携帯端末を取り出し、送られてきた文章および画像をチェックする。
「……そうか……」
「じゃ、秋吉さん。依頼は引き受ける、ってことを彼女に伝えて、このまま俺が彼女を送っていくから——それでいいよね」
「ああ……頼む」
「あ、それと」
「どうした?」
「あまりにもお疲れすぎて目を覚ましそうになかったからソファーの裏に放置したままにしている芦屋さんにもこの情報を共有してほしい」
「わかった」
あとはよろしくとばかりに去っていくユーキに秋吉はただ呆然と端末を見つめていた。
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